これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/03/21 多能性幹細胞を用いた再生医療 (1)

昨今の臨床医学研究における流行分野の一つに、再生医療がある。 再生医療とは、機能を有する細胞や組織が失われ、あるいは減少したことで生じた臓器障害に対し、 細胞や組織を補充し、あるいは再生させることで、臓器の機能を回復させる医療のことをいう。 この定義からわかるように、再生医療には、多能性幹細胞を利用することは必須ではない。 たとえば、末梢組織に生理的に存在する細胞を刺激して分裂させる、という方法でも良いし、あるいは単能性幹細胞を用いるという手法もあり得る。 むしろ、多能性幹細胞を用いることについて、キチンとした論理的根拠に基づく利点は存在しないように思われる。 しかし、いわゆる iPS 細胞は「再生医療につながる」という謳い文句で世間に認知されてしまった。 このために、一部の医学者が、おそらくは予算獲得などのためであろう、iPS 細胞を用いた「研究」に力を注ぎ、 結果として「再生医療といえば iPS」というような風潮が作られたように思われる。 その一方で、iPS 細胞を使わない再生医療の研究も細々とは行われているのだが、世間からは注目されていない。

こうした「多能性幹細胞信仰」とでもいうべき状況は、日本に限ったことではない。 というより、むしろ米国の方が甚しいようである。 3 月 16 日号の The New England Journal of Medicine の `Perspective' 欄に掲載された記事は、 米国において、幹細胞を用いた治療が、効果や安全性についての根拠もなしに少なからず行われている現状に対し、警鐘を鳴らしている (N. Engl. J. Med. 376, 1007-1009 (2017).)。 この記事では、こうした治療法が「統計的根拠を欠いている」という点を特に問題視しているが、病理学の立場から申し上げれば、 こうした治療法は、そもそも、理論的根拠を欠いていることが問題である。 記事の中では、次のように述べられている。

... the assertion that stem cells are intrinsically able to sense the environment into which they are introduced and address whatever functions require replacement or repair ... is not based on sientific evidence.

言葉を補いながら私が翻訳すると、次のようになる。

移植された幹細胞が、周囲の環境に応じて適切に分化し、結果として、その組織で必要な細胞が補充される、というのが幹細胞移植療法の根拠である。 しかし、そのような考えには、何らの科学的根拠も存在しない。

さて、同じ 3 月 16 日号には、眼科学領域における日本からの報告も掲載されている。 これについて書こうと思ったのだが、いささか長くなってきたので、次回にしよう。

2017.03.22 語句修正

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