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2016/06/12 いわゆる Guillan-Barre 症候群について

私は学生時代、神経内科学は大の苦手であった。教科書を読んでも、疾患概念も、病理学的実体も掴めなかったからである。 たとえば、Guillan-Barre 症候群、と呼ばれる疾病がある。 末梢神経障害による運動麻痺が主体であるとか、C. jejuni への先行感染が高頻度にみられるとか、いくらかの特徴はあるものの、 何だか、よくわからない。

神経内科学の教科書で学生にとって読みやすい教科書といえば、神田隆『医学生・研修医のための神経内科学 改訂 2 版』であろう。 平易な言葉で要点だけをまとめており、ページ数は 614 ページと多いものの行間が広く図が豊富なので、文字数は比較的少なく、スラスラと読める。 体言止めが多いことや、「覚えておくべき」というような記述が多い点には閉口するが、病理学的側面にも多少ながら言及されており、神経内科学の入門書としては悪くない。 とはいえ、あくまで入門書なので、神経内科学に関心のある学生や研修医を満足させるような書物ではない。 なお、神経科学の入門書としては MEDSi 『カンデル神経科学』がお勧めである。 現時点では、これは原書の最新版である第 5 版の日本語訳が、原書と同じくらいの値段 (15,000 円程度) で出版されている。 タイトルから何となく高度に専門的な教科書であると私は思い込んでいたのだが、実はこれは神経科学の入門書なので、医学科低学年向けである。 研修医になってから、神経内科学や神経病理学の成書として、私は `Bradley's Neurology in Clinical Practice 7th Ed.' を購入した。 しかし、この書物の記述は、かなり臨床寄りであり、神経内科医になろうとする者以外にはあまり適さない教科書であるように思われる。 昨年紹介した `Greenfield's Neuropathology 9th Ed.' の方が病理学的記載に富んでいて、 私のような一般の研修医には良いかもしれぬ。

さて、標題の Guillan-Barre 症候群である。 Bradley によれば、これは歴史的経緯から一つの症候群としてまとめられているが、病理学的には、 感染等を契機とする自己免疫性末梢神経障害を来す疾患の総称と考えるべきである。 比較的頻度の高いものだけでも、Guillan-Barre 症候群に分類される Acute Inflammatory Demyelinating Polyradiculoneuropathy (AIDP)、 Acute Motor Axonal Neuropathy (AMAN)、Acute Motor Sensory Axonal Neuropathy (AMSAN)、 Miller Fisher Syndrome (MFS) は別疾患と考えるべきである。

簡潔に述べれば、AIDP は髄鞘抗原に対する自己免疫性の傷害による脱髄を主体とする末梢神経疾患であって、軸索障害を来す場合は、あくまで炎症の波及によると考えられる。 これに対し AMAN は抗 GM1 抗体が関係するらしく、基本的にはランビエ絞輪において軸索傷害を来す。 AMAN は、抗原が軸索に存在する点だけでなく、軸索が非炎症性の変性を来す点において AIDP とは異なるらしい。 Bradley によれば、AMSAN は AMAN と基本的に同一の機序によるが軸索傷害の程度が著しく、感覚神経にも障害が及んでいるものであると考えられる。 ただし、この説明は、いささか疑わしいと私は思う。その障害の程度を決める、何か別の要因が存在すると考えた方が自然であり、あくまで別疾患とみるべきであろう。 MFS は、動眼神経などに存在する GQ1b などのガングリオシドに対する自己免疫性の機序によるものであると考えられており、基本的に予後良好であるが、 稀に MRI で視神経に異常がみられることもあるらしく、病態はいまひとつ、よくわからない。

こうした末梢神経障害に対する理解があまり進んでいない原因の一つは、患者の体内で何が起こっているのかを知る臨床的に有効な手段が乏しい、ということである。 神経学的診察や電気生理学的検査では、あくまで巨視的なことしかわからないし、生検は侵襲が強すぎて実用的ではない。 病理解剖は患者の終末像しか語ってくれないので、疾患の時間的進行について得られる情報が限られる。 従って、放射線等の比較的低侵襲な方法を用いて神経の組織学的変化を可視化する手段を開発する必要がある。


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