これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
Maggot Debridement Therapy (MDT) と呼ばれる治療法がある。日本語では「ウジ虫療法」などと呼ばれるようである。 これは、皮膚潰瘍に対してウジ虫 (maggot) を放つことで治癒を速める、という治療法である。 これだけ聞くと、なんだか医学的でない、インチキ療法のように感じられるかもしれないが、それなりに学術的根拠のある治療法であって、 欧米ではそれなりに支持者がいるらしい。
この治療法についての良いレビューを私は知らないが、J. Antimicrob. Chemother., 65, 1646-1654 (2010). あたりが参考になる。 おおまかにいえば、maggot が壊死組織を食べることで debridement の効果があることに加え、 maggot の分泌物には殺菌作用があるらしく、両者が併さることで創傷治癒が早まるのだ、と考えられている。
ただし、この治療法は、いささか眉唾ものである。 BMJ, 338, b773 (2009). によれば、MDT は創部の湿潤を保つだけの治療に比べると、創部の外観は早くキレイになるが、 創部が完全に治癒するまでの時間は変わらない、という。 また、副作用として創部の痛みを来す頻度は高いらしい。 痛い、ということは、たぶん、maggot が正常組織をも食べているのであろう。 創部が早くキレイになるにもかかわらず治癒が遅い、というのも、maggot によって正常組織が傷つけられているからだと考えられる。 さらに、J. Tissue Viability, 18, 80-87 (2009). によれば、maggot の分泌物には殺菌作用があるものの、 maggot 自体は細菌の増殖を促すのではないか、と考えられる。
このように、現時点では MDT の有効性は、はなはだ疑わしい。 しかし、正常組織をあまり食べないように、あるいは細菌の増殖を促さないように、適切な品種改良を行った上でならば、 MDT は細菌感染症に対する強力な治療法になる可能性を秘めている。 特に、近年は多剤耐性を含めた抗菌薬耐性を持つ細菌が増加していることを考えると、こうした全く新しい治療法を医学の枠組みに取り入れていくことは重要であろう。