これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/06/02 便潜血

便潜血検査、というものがある。 これは、名前のとおり、便中に潜血があるかどうかを調べるものである。 潜血とは、「肉眼的には明らかではないが、血液が含まれている状態」のことをいう。 潜血検査には化学法と免疫法があり、化学法は食肉などに含まれる血液成分に反応することがあり、特異度が低い。 一方、抗ヒトヘモグロビン抗体などを用いる免疫法は、変性した血液成分には反応しないことがあり、従って上部消化管出血に対しては感度が低いという問題がある。

さて、便潜血検査は、便を採取せねばならぬという心理的負担はあるものの、患者への肉体的負荷は軽い検査である。 臨床的には、消化管出血を疑った場合に実施されることが多いようだが、実際には、使いどころが難しい。 というのも、便潜血検査は、消化管出血に対する感度はあまり高くないし、特異度も低い。 一回だけの検査で陰性でも、もう一度検査したら陽性になった、ということは稀ではない。 また検査で陽性であったが、精査目的で大腸内視鏡検査をやっても出血はみあたらなかった、ということも多い。

以上のことからわかるように、たとえば軽度の貧血患者に対する原因検索目的で安易に便潜血検査を実施することには、慎重にならねばならない。 もし便潜血陽性となったなら、精査として大腸内視鏡検査をやらねばならないからである。 それをやらないなら、便潜血検査を実施する意味がない。 しかし大腸内視鏡検査は、費用や患者の肉体的・精神的苦痛に加えて、検査による腸管穿孔のリスクもあるので、その実施判断には慎重にならざるを得ない。 それらを踏まえた上で「仮に潜血検査陽性でも内視鏡検査はいらないよね」と思うような軽症患者は、便潜血検査の対象にはならないのである。

たとえば、急性胆嚢炎で入院した 33 歳の男性患者において、入院時点では 15.3 g/dL であったヘモグロビン濃度が二日間で 14.0 g/dL まで下がったとする。 ここで「14.0 g/dL なら十分高いし基準範囲内だから、精査は必要ない」などというのは論外であって、医師としての資質を欠くと言わざるを得ない。基準範囲内かどうかは、この場合、問題ではないのである。 「炎症に伴う凝固亢進によって赤血球が失われたとして矛盾はないから、経過観察する」というのなら、まぁ、普通の医師であろう。 これに対して、それなりに勉強した研修医であれば「出血ないし溶血を疑う。精査を要する。」ぐらいのことを言うであろう。問題は、どこまでやるか、ということである。

これは正解のある問題ではないが、私としては、便潜血検査を実施するのは不適当であると思う。 もちろん、患者が高齢者で、大腸癌の可能性を懸念しているのであれば別であるが、この場合、消化管出血を強く疑う根拠はない。この患者に対して大腸内視鏡検査を実施するのはやり過ぎであり、従って便潜血検査の実施も不適当であるように思われる。 このタイミングで行うなら、直接クームス試験とハプトグロビン測定、ぐらいが妥当な線ではないだろうか。網赤血球数の測定は、もう少しだけ遅らせたほうが感度が高まるのではないかと思われる。


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