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2016/05/27 カルバペネム

抗菌薬とは、直接または間接的に細菌を死滅させる薬品をいう。 人類の歴史において最初に発見された抗菌薬はペニシリン G であり、これを巡るフレミングの逸話は有名である。 ペニシリン G の誘導体や類似体を総称してペニシリン系抗菌薬と呼ぶが、これは構造的にはβラクタム環を有することが特徴である。 同じくβラクタム環を持つが、いささか構造の異なる抗菌薬としてはセフェム系やカルバペネム系がある。 特にカルバペネム系抗菌薬は、スペクトラムが広い、つまり多くの種類の細菌に対して有効であるから、原因菌が不明な細菌感染症に対して濫用されやすい。 確かに、とりあえずカルバペネムを使っておけば、その眼前の患者を救命することは、比較的容易である。しかし、濫用によってカルバペネム耐性菌の出現を促せば、将来の別の患者を死なせることになる。 従って、必要最低限の場合に限ってカルバペネム系抗菌薬を使うことが重要であるとされている。

さて、カルバペネム系抗菌薬のうち、最初に開発されたのはイミペネムである。 この抗菌薬の有名な副作用としては、中枢神経毒性や腎毒性がある。 この副作用を軽減することなどを目的に開発されたのがメロペネムであって、今日では、カルバペネム系抗菌薬の代表はメロペネムである、と認識している医師が多いのではないかと思われる。 過日、某製薬会社の MR から「メロペネムは側鎖が弱塩基性であるために、中枢神経系毒性や腎毒性が少ない」という話を聴いた。 私は、側鎖が弱塩基性であることと副作用との関係がわからなかったので、詳しい話を教えてくれるよう、その MR に依頼した。 その MR 氏は、丁寧にも参考文献を教えてくれたので、それを通じて私が理解した範囲のことを、ここに書いておくことにしよう。

イミペネムによる中枢神経系毒性と腎毒性は、機序が全く異なる。 どうやら中枢神経毒性は、βラクタム環の COOH 基と強塩基性側鎖とが組み合わさることによって生じるらしい。 というのも、両者が並存すると GABA 受容体との親和性が高まり、アンタゴニストとして働くらしい。 これによって中枢神経系の興奮性が高まり、症状としては痙攣などを来すというのである。 つまり、この毒性は、基本的には細胞傷害性ではなく、可逆的である。 メロペネムの場合、側鎖が弱塩基なので、 GABA 受容体との親和性が低い。 なお、理論的には、ベンゾジアゼピンやバルビツール酸と併用することによってイミペネムの中枢神経系毒性を抑制することができると考えられるが、臨床的には、あまり現実的ではない。

腎毒性については、機序があまりよくわからない。 私が読んだ文献では、腎の栄養血管から尿細管上皮にイミペネムが移行して蓄積する、と書かれていたが、本当だろうか。尿細管腔から上皮への移行と考えた方が自然であるように思われるが、実際のところどうなのかは、私は知らない。 上皮内のイミペネム濃度が高まると、どうやら反応性の高いβラクタム環が細胞内構造物を破壊するらしく、尿細管上皮傷害を来すらしい。 メロペネムの場合、側鎖が弱塩基であることから、比較的細胞膜を透過しやすいので、細胞内への蓄積が起こりにくいのだと考えられている。

さて、一部の医師や学生は、上述のような知識は臨床では何の役にも立たぬ、などと言うであろう。 確かに、そうかもしれぬ。 しかし、私は、こういう「役に立たない知識」を軽視する大学教授に、いまだかつて出会ったことがない。もちろん「大学教授など、臨床を知らない頭デッカチばかりだ」と考える人もいるかもしれないが、私は、そういう「頭デッカチ」な人々こそが医学の道を開拓してきたのだと認識している。

子供の頃は持っていた飽くなき好奇心を、どこかに忘れて来てしまった医師は、残念ながら、稀ではない。


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