これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
昨日の記事の続きである。 血液脳関門の働きを一過性に妨げる、などというと、私のような素人は、何やら高尚で特別な薬を使わなければならないような気がしてしまう。 しかし、どうやら、実際には高張なマンニトール溶液を椎骨動脈や内頸動脈から投与するだけで十分であるらしい。 すなわち、浸透圧勾配に従って血管や血管周囲の細胞から血管内へと水の移動が起こるため、これらの細胞は萎縮し、結果として血液脳関門が破綻するのである。 もちろん、度が過ぎれば非可逆な細胞死を来すであろうが、適切に行えば、可逆的な変性で済むのである。 こうした、浸透圧差によって血液脳関門を妨害する手法を Osmotic BBB Disruption などと呼ぶ。
Osmotic BBB disruption を用いた化学療法については、Jahnke らの報告が、よくまとまっている (K. Jahnke et al., Neurosurg. Focus, 21, E11 (2016).)。 理屈からいえば、Osmotic BBB disruption に R-CHOP 療法を組み合わせる、という治療法も考えられるのだが、現時点での研究の主流は、諸々の事情から、大量メトトレキサート (MTX) 療法を主軸にすえたもののようである。
Osmotic BBB disruption 自体には、抗癌剤を腫瘍細胞に選択的に届ける効果はない。しかし 葉酸代謝阻害薬である MTX には神経毒性が乏しいので、重篤な中枢神経傷害は起こりにくい。 むしろ MTX の用量制限毒性は、骨髄抑制、肝傷害、腎傷害などであるため、Osmotic BBB disruption により、少ない投与量で腫瘍細胞内の薬物濃度を高めることができ、具合が良い。
この Osmotic BBB disruption を実行するには全身麻酔が必須であるから、それなりに手間と費用がかかる。しかし適切な抗癌剤のレジメンと組み合わせて用いれば、脳腫瘍の予後を劇的に改善できると考えられる。 ただし、脳神経外科学界において、この手法がどれだけ注目されているのか、私は知らぬ。
Osmotic BBB disruption の発案者が何者であるのかは調べていないが、まったく、恐ろしいことを考えたものである。