これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/04/19 MR

MR、と呼ばれる職種がある。 英語でいう Medical Representative のことである。 これは、製薬会社の社員であって、薬剤情報を医療関係者などに伝える任務に就いている者のことをいう。 平たくいえば製薬会社の営業担当者なのだが、「営業」という言葉を用いないのには、それなりの理由がある。

MR は、しばしば、大学病院の教授などに面会して、薬剤の情報を提供する。 診療科単位で、所属する医師のために情報提供会を開催していることも多い。 以前にも書いたが、こうした情報提供会は夕方 6 時頃から 15 分程度、行われることが多く、製薬会社の負担で高価な弁当が供されることも多い。 もちろん、「製薬会社から弁当が供与され、そこで宣伝された薬剤を病院が採用する」という図式は、倫理的に問題がある。 従って、これは、あくまで情報提供であって、宣伝ではないのだ、ということになっている。 いうまでもないことだが、これは詭弁であって、こうした製薬会社と医師の結びつきは不健全であるから、早急に廃止すべきである。

ところで、ごく稀に、こうした製薬会社と医師の微妙な関係をよく把握していない MR も存在するようである。 情報提供会で「○○教授のような先進的な先生に、ぜひ、我が社の薬剤を使用していただきたい」というような売り文句を口にした MR を、私は、みたことがある。 これは、上述のような「大人の事情」を理解していないだけでなく、その教授が、そうした営業トークや弁当によって行動を左右することはないという事実をも理解していないのである。 結果的に、その教授を侮辱しているに等しい。

さて、過日、ある薬剤の添付文書をみていて、どうにも気になったことがある。 詳しくは書かないが、その薬物の動態について、記されていた数値に合点のいかない部分があったのである。数値が納得いかないだけでなく、そもそも、それをどのようにして測定したのか、想像がつかなかった。 あいにく、その箇所には根拠となる文献も示されていない。たぶん、非公開の社内文書なのだろう。 もし企業秘密であるなら仕方ないが、可能であるならば、根拠となる文献を閲覧したいと思った。そうしなければ、その添付文書に書かれている数値を信用することはできないからである。

そこで、某教授に MR が来訪する機会があるかどうか尋ねてみたところ、呼べばすぐ来てくれるよ、とのことであた。 私は、このような、電話でも済ませられるような案件で来てもらうのは申し訳なく思った。しかし教授は、彼らはそれが仕事なのだから、むしろ喜んで飛んでくる、と言う。 結局、教授の紹介で MR に会い、可能であれば文献をみせてくれるよう、依頼した。

ところで、大学病院の場合、こうした MR の「薬剤情報提供会」には、臨床実習中の学生も出席することが稀ではない。 私も学生時代に何度か出席したことがあるが、MR の説明に疑問を持っても、挙手して質問することが憚られて、結局、黙っている、ということが何度もあった。 なにしろ、他の医師が発する質問は実に臨床的で、仕事に直結するような内容ばかりであって、私が発するような基礎医学的な内容とは大きくかけ離れていたのである。 学内の人だけの集まりならともかく、外部の人が仕事で来ているような状況で、学生が興味本位の質問をしては邪魔なのではないか、などと配慮して、私は沈黙していたのである。 もし、その場にいた教授が「学生から質問はないかね」などの一言でも発してくれていたら、私は喜んで発言したのだが、残念ながら、名古屋大学にはそういう教授が少なかった。

このことを先日、北陸医大の某教授に話したところ、「MR は質問されてこそナンボなのだから、遠慮する必要は全くないよ」とのことであった。 研修医になってから気づいたのだが、こうした説明会で医師が妙に臨床的な質問をするのは、それが仕事に必要だからではない。 彼らにとっては、基礎医学的な内容よりも、実務的な内容の方が質問しやすいから、そういう質問を発しているに過ぎないのだ。 医師も、興味本位で質問しているだけなのである。

だから、学生諸君は、誰憚ることなく、堂々と MR に質問をぶつけるべきである。 諸君自身だけでなく、その場にいる医師にとっても、もちろん MR にとっても、良い勉強になるだろう。


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