これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/06/26 シリンジを用いた採血

海外の事情はよく知らぬが、少なくとも日本では、採血を行う際に、一度シリンジに血液を抜き取って、 それを採血管に分注する、という方法がとられることが稀ではないらしい。 この手法は、臨床病理, 63, 1397-1404 (2015). によれば、日本検査血液学会のコンセンサスとして認められているものらしい。

気になるのは、特に凝固系の測定を行う際には、シリンジ内で凝固因子が活性化してしまうために、測定結果に大きな誤差が生じるのではないか、という点である。 真空採血管を用いる採血法であれば、採血管内に抗凝固剤が添加されているために、そのような問題は生じにくい。 この点については、一応、速やかにシリンジから採血管に移せばよろしい、ということになっているらしい。 しかし「速やかに」とは、どの程度なのか。また、シリンジを使うことによって生じる誤差は、どの程度なのか。

どうやら、日本検査血液学会のコンセンサスについては 日本検査血液学会雑誌, 16(学術集会号), S144 (2015). に抄録が掲載されている。 これによると、どうやら、シリンジを使うことを認める根拠は「現に、そうやっている医療機関が多いから」ということのようである。

私が調べた限りでは、採血にシリンジを用いることによって生じる誤差について、キチンと評価した報告は存在しない。 理論的には、シリンジの使用は重大な誤差要因となる。 実際、臨床的には、同一患者の臨床経過において、プロトロンビン時間や活性化部分トロンボプラスチン時間などの測定値が説明不能な変動を示す例が存在する。 これが測定誤差によるものなのか、実際の凝固系の変動なのかは、わからない。 つまり、採血法の問題により、検査結果の適切な解釈が困難になっているのである。

最低限、シリンジ採血を行った場合には、その旨を確実にカルテ上に残し、結果の解釈にあたっては、それを参考にするべきである。 それが現実にはほとんど行われていない理由は、多くの医師が「測定誤差」という概念をよく理解していないためであろう。

なお、実は採血に使う機材の材質が測定結果に及ぼす影響はかなり大きいことが知られており、臨床検査医学界では、 より適切な材料の開発が進められてきた。この問題もなかなか面白いので、機会があれば、いずれ、この日記でも紹介することにしよう。


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