これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/06/25 子宮頸部扁平上皮癌の組織型について

たまには、すごくマニアックな医学の話を書くのも、良いのではないかと思う。 子宮頸癌の組織型についてである。

J. Rosai, Rosai and Ackerman's Surgical Pathology, 10th Ed. (2011). によれば、 子宮頸癌の多くは扁平上皮癌 (Squamous Cell Carcinoma; SCC) であって、だいたい 5-15 % ぐらいが腺癌 Adenocarcinoma であるという。 しかし、この扁平上皮癌というのがクセモノであって、これには幾種類かの variant が存在することが知られている。 そのうち、歴史的に大きな混乱が続いているのが Basaloid carcinoma などと呼ばれる組織型である。 このあたりの事情についてのレビューとしては、W. Grayson らによる Advances in Anatomic Pathology, 9, 290-300 (2002). が、よくまとまっている。

子宮頸部の basaloid carcinoma という概念については Johns Hopkins Hosp. Bull., 34, 141-149 (1923). で 基底細胞の癌化が理論上は存在する、と指摘したものが初出であるとされている。 なお、この文献は残念ながら北陸医大 (仮) の図書館には所蔵されていないようなので、現在、取り寄せを依頼中である。

Basaloid carcinoma という語が誕生した後に、子宮頸癌の比較的稀な組織型として Adenoid Basal Carcinoma (ABC) や Adenoid Cystic Carcinoma (ACC) が広く認められるようになった。 ABC というのは、皮膚の基底細胞癌に類似した組織学的パターンを示すものであって、腫瘍細胞は、辺縁に柵状配列を伴う小さな巣状の増生を示し、 典型的には間質の繊維化などの反応性変化が乏しい。 これに対し ACC というのは、基底細胞様の腫瘍細胞が増生する点は ABC に似るが、典型的には篩状構造の形成を特徴とする。 ただし、腺管構造があまり明瞭ではない亜型もあるため、中には ABC と ACC の区別が明瞭ではない例もある。 とはいえ、ABC は比較的予後が良いのに対し、ACC は予後不良であることが知られているので、両者の鑑別は臨床的に重要であるとされる。 ABC と ACC の本質的な違いは明らかではなく、ABC を ACC の前駆病変とみなす意見もあるらしい。

世間では、Basaloid Squamous Cell Carcinoma (BSCC) という分類も用いられるようであり、これは ACC と同様に予後不良な組織型であるとされている。 BSCC の症例として最初に報告されたのは Am. J. Surg. Pathol., 4, 235-239 (1980) であるが、 これは ABC を BSCC と呼び換えただけのものであったようである。 その後も、BSCC という分類だけは用いられ続けているが、その詳細な概念、特に ABC や ACC との異同については、明確な定義が確立されていないらしい。 そのため、Grayton のレビューでは、BSCC の予後が良いのか悪いのか、という問題については言及を避けている。

私が調べた限りでは、少なからぬ者が BSCC と ABC あるいは ACC との鑑別を議論しているものの、その概念上の本質的な差異について明言している者はいない。 結局、BSCC というのは、名前の通り「基底細胞様の扁平上皮癌」という程度のものでしかなく、分類上の独立した区分としては扱わないのが適切なのではないかと思われる。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional