これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/06/16 アイソザイムによって反応の進む向きが異なる件について (2)

この問題の重要性を認識できる医者は、多くないように思われる。 KALS 時代、私は、この疑問を講師に投げかけてみたのだが、話が通じなかった。 医学科の連中は、生化学など臨床の役に立たぬものと決めてかかり、学生時代の試験は暗記と過去問で凌ぐのが常であるから、こうした基本的問題を理解できないのである。 生化学や生理学といった基礎を省略して、暗記とパターン認識で「臨床医学」と称する学問をやっているのだから、 いずれコンピューターに取って代わられるのも時間の問題である。

もちろん、生化学をマジメにやっている人々は、これが重大な問題であることを認識している。 実際、この問題は過去に盛んに研究された時期があるらしく、その成果は Biochem. J. 115, 609-619 (1969). に掲載されている。 50 年も昔の論文であるが、この時既に生化学者は、アイソザイムによって反応の進む向きが異なってみえる現象の仕組を解明していたのである。

この報告によれば、反応の向きを決めているのはアイソザイムというより、補酵素であるらしい。 11-HSD type 1 は、NADPH や NADP+ を補酵素とするのに対し、 11-HSD type 2 は、NADH や NAD+ を補酵素とする。 NADPH/NADP+ 比や NADH/NAD+ 比は、環境の pH だけで決まるわけではなく、複雑な調節系が存在するらしい。 その結果、典型的には NADPH/NADP+ 比 は NADH/NAD+ 比よりも 10000 倍以上、大きいようである。 だから 11-HSD type 1 は NADPH を補酵素として基質を還元する反応を触媒しやすいのに対し、 11-HSD type 2 は NAD+ を補酵素として基質を酸化する反応を触媒しやすいのである。 だから、補酵素が適切に供給されれば、11-HSD type 1 でコルチゾールを酸化してコルチゾンに変換したり、 11-HSD type 2 でコルチゾンを活性化してコルチゾールにすることは、可能なのである。 故に、この反応の進む向きの相違を「アイソザイムが違うから」と説明するのは、正しくない。 このあたりを説明したレビューとしては Endocrinol. 146 2531-2538 (2005). が読みやすいだろう。

以上のようなことは、生化学者にとっては常識なのであろうが、私は生化学をキチンと修めてこなかったので、今さら勉強している次第である。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional