これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/06/15 アイソザイムによって反応の進む向きが異なる件について (1)

この記事に対する補足を 6 月 19 日 (2) に書いた。

生化学をよく修めた人であれば、このタイトルを読んで、私が何を言わんとしているか、瞬時に理解するであろう。 まぁ、そういう人は、ニヤニヤしながら読んで下されば良い。

11-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ (11-HSD) を例として考えよう。 副腎皮質の主として索状帯で産生されるコルチゾールは、生理的にはグルココルチコイドとして作用する。 しかし in vitro では、コルチゾールはミネラルコルチコイド活性も有することが知られている。 では、なぜ in vivo ではミネラルコルチコイドとして作用しないのかというと、 ミネラルコルチコイドの作用標的である腎臓には、コルチゾールが、ほとんど存在しないからである。 というのも、腎臓でコルチゾールは酸化され、不活性なコルチゾンとして存在しているのである。 このコルチゾンは、主に肝臓において還元、つまり活性化されて、コルチゾールに戻る。 この腎臓でコルチゾールをコルチゾンに変換する酵素が 11-HSD の type 2 であり、 肝臓でコルチゾンをコルチゾールに戻す酵素が 11-HSD の type 1 である。 つまり、臓器によって異なるアイソザイムを発現することで、臓器毎に反応の向きが異なるように制御されているのである。

このあたりまでは有名な話であって、医学の初等的な教科書にも記載されている。 ……と、思ったのだが、手元の書物を確認してみると、東京化学同人『ストライヤー 生化学』第 7 版や Hall JE, Guyton and Hall Textbook of Medical Physiology, 13th Ed., (2016). などには、このあたりの事情が明記されていないようにみえる。 まぁ、少なくとも Firestein GS et al., Kelley & Firestein's Textbook of Rheumatology, 10th Ed., (2017). などの専門書には記載されているので、 しっかり勉強した研修医などであれば、よく知っている話だろう。

私が、この 11-HSD の話を知ったのは、6 年程前、医学部学士編入予備校の KALS に通っていた頃である。 その時、私は「馬鹿な」と思った。 「酵素は化学反応の進行を速めるだけであって、決して平衡点を変化させることはない」というのは、生化学の常識である。 その常識からすれば、アイソザイムによって反応の向き、つまり平衡点が、変わるはずはないのである。

上述の「生化学の常識」は、物理学でいうところの熱力学の第 2 法則と表裏一体である。 もし、この常識を破るような現象が発見されたならば、つまり熱力学の第 2 法則が破れたということになる。 その場合、いわゆる第二種永久機関が、少なくとも原理上は、実現可能だということになる。 平たくいえば、人類は、無尽蔵で完全にクリーンなエネルギー源を手に入れることができるのである。 これは世界を揺るがす大発見であり、科学史上最大の発見となることは間違いない。

熱力学の第二法則が正しいことを、理論的に、あるいは実験的に、証明した人は、いまだかつて存在しない。 それでも、この法則は、たぶん正しい、と信じられている。 換言すれば、永久機関というものは実現不可能であると、ほとんど全ての物理学者が、信じているのである。 その一方で、もちろん、世の中には変人もいる。 熱力学の第二法則は正しくないであろう、と考える勢力が少数ながら存在するのであって、私も、その一人である。 いつか熱力学の第二法則の破れを証明することが、私の人生最大の野望である。

閑話休題、「アイソザイムによって反応の向きが異なる」という説明は、それが文字通りの意味であるならば、熱力学の第二法則を否定していることになる。 はたして、本当だろうか。 KALS 時代の私は、この重大な問題について、キチンとした説明を加えている文献を発見することができなかった。

時は流れ、過日、ふと思い立って、この問題について再び文献調べを行ってみた。 すると、これについて明瞭な解答を与えている文献に出会うことができた。 詳細について書こうと思うのだが、そろそろ記事が長くなってきたので、後日にしよう。


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