これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
本日は初期臨床研修の一環として、駅前の献血ルームで献血者検診を行った。 この献血ルームでの検診は、私にとって 2 回目である。
研修医の中には、この献血者検診を「つまらない」「金をもらえないバイト」などと表現する者もいるが、私は、この検診をたいへん楽しんでいる。 なにしろ、献血ルームの中に医者は私一人であって、全ての医学的判断の責任が私に降りかかって来る。 何かあっても相談できる指導医はいない。 病院での研修でも、時には病棟で独りぼっちになることはないでもないが、指導医に電話等で報告・相談できるし、最終的な責任が研修医に降りかかることはない。 しかし献血ルームでの研修は、本当に独りぼっちの状況なのであって、たいへん緊張し、内心、盛り上がる。
前回、この献血ルームで検診をした際には、問診で要チェックとなる献血者が多く、私としてもドキドキワクワクした。 しかし今回は、なぜか「全く問題なし」となる献血者が多く、いささか拍子抜けであった。 もっとも、これは献血者が皆、健康体であった、というわけではなく虚偽申告しているためであろう。 中には「アレルギー疾患などにかかっていない」と述べる一方で「抗ヒスタミン薬を飲んでいる」という人までいた。 たぶん、花粉症やアレルギー性鼻炎は「アレルギー疾患」に含まれないと思っているのだろう。 あるいは、こんなつまらない病気で検診医を煩わせては申し訳ない、などと配慮してくれているのかもしれない。 しかし私は、献血者の健康状態を確認する目的で動員されているのであって、それが本当に「つまらない病気」なのかを判断するために献血ルームにいるのだから、 かような配慮は無用である。 素人が、そのような気をまわす必要はない。
献血バスでの献血の場合は全血の献血のみであるが、このような献血ルームの場合、成分献血を行うことが多い。 これは、血小板のみ、とか血漿のみ、とかを献血し、赤血球は献血者の体内に返すものである。 この場合、日本赤十字社の規定によれば、一年以内に心電図検査を受けていない 40 歳以上の献血者については、献血ルームで心電図検査を実施することになっている。 本日も、数名の献血者について心電図検査を実施した。
心電図の読み方には、大別して二つの手法がある。 一つは標準的で系統的な読み方であって、矢崎義直他訳『10 日で学べる心電図 --- 短期集中型ワークブック』などの教える手法である。 この書物は、タイトルこそ、いささか低俗な雰囲気を醸し出しているものの、中身は硬派なので、お勧めである。 もう一つは、山下武志『3 秒で心電図を読む本』に代表されるような、簡略に重大な所見のみを拾う読み方である。 なお、この山下氏の書物などは、系統的で標準的な読み方を習得した後に手を出すべきものであって、心電図学を修得していない学生や研修医が安易に読むべきではない。
前回、私が献血ルームで検診した際には、私は簡略に重大所見のみを拾うやり方で、心電図を読んだ。 「まぁ、献血の検診だし」というような、いささか不謹慎な態度であったことは否定できない。 実は今回も、一例目の心電図は、同様に簡略方式で読んで「正常」と判定した。
しかし、その後、私は反省した。 何も、患者が生死の狭間をさまよっているわけではなく、心電図を迅速に読まなければならない状況ではない。 ここで正統な読み方をしないことを正当化するような事情は、何ら存在しないのである。 そこで二例目以降は、私は正統派の読み方に切り換えて診断することにした。
その結果、少しだけ困ったことが起こった。 「陳旧性中隔心筋梗塞の可能性を否定はできないが、虚血性変化を強く疑う所見はない」ような心電図が、出てしまったのである。 私はこれを「陳旧性梗塞疑いであるが、採血可」と判定した。 心筋梗塞を疑うような場合は、採血不可とするのが普通であるから、この私の判定内容は、他人がみたら、理解に苦しむかもしれぬ。
こういう場合は、細かな所見にこだわらずに、敢えて簡略読みに徹する方が良いのかもしれぬ。いささか、悩ましい。