これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
4 月と 5 月は、麻酔科での研修であった。 ひたすら手術室で麻酔をかけ続ける日々であった。 私は、もとより麻酔科学には大いに関心を持っていたから、楽しい日々ではあったのだが、 臨床麻酔手技には必ずしも通じているわけではないし、何より、手術中の患者の生命を預るのは精神的負担が重く、疲労困憊の日々でもあった。
ところで、初期臨床研修における麻酔科の位置付けについては、意見が分かれるところであろう。 たぶん、多数意見は、気管挿管や動脈穿刺などの手技を経験し、身につけることができる、という点を麻酔科研修の意義に挙げるのではないかと思う。 しかし私のような病理医の卵などにとっては、気管挿管や動脈穿刺の手技などというものは、興味はあるものの、身に付けることに実際上の意義は乏しいように思われる。 仮に、将来的に、医師が私しかいない状況において生命の危機に瀕している患者と遭遇する可能性もないではないが、 そういう場合に敢えて気管挿管したり、動脈穿刺したりするつもりはないし、やるべきでもないだろう。
では、麻酔科研修は単なる興味、楽しみだけの目的で行ったのかというと、そういうわけではない。 指導医の監督下とはいえ、自身の判断に基づき、自分の手で薬剤を患者に投与し、その結果をモニター等を通じて詳細に観察する、という経験は、 たぶん、麻酔科以外の診療科では得ることができない。 机上の学問として、プロポフォールだの、フェンタニルだの、エフェドリンだのといった薬について勉強し、その薬理学的特性を知ってはいたが、 それを現実に患者に投与して初めて気づくこと、考えることは、甚だ膨大である。 私の限られた想像力では、座学のみで、麻酔科学や薬理学、生理学の深淵に思いを馳せることは、到底、不可能なのである。
そもそも病理医にとって麻酔科学や薬理学は不要ではないか、とする意見もあるかもしれぬ。 が、それは、もちろん誤りである。 病理学は医学の根幹を成すのであって、麻酔科学を含めた全ての臨床医学の基礎にあたる。 また病理学は全ての基礎医学の上に成立しているのであって、薬理学を識らずして病理学を修めることは不可能である。 病理診断学が病理学を基礎として成立している以上、どうして、病理医が麻酔科学や薬理学を修めずにいられようか。
換言すれば、そうして医学全般に通じていることこそが、我々病理医の、他の臨床医に対する優越性の由来である。 学識の「広さ」こそが、我々の武器なのである。 さらにいえば、私の場合、学識の「広さ」が医学の範疇のみならず工学にまで及んでいる点において、他の医師よりも圧倒的に有利な立場にある。 9 年間の年齢的ハンディキャップを背負っているとはいえ、この「広さ」の恩恵は絶大であり、充分に勝負になると考えている。
だから私は、麻酔科に限らず、他の診療科においても、あまり手技の習得を重視していない。 それは指導医にも伝わっているようであり、病理志望を明言している私に対し、かなりの配慮をしてくれる指導医は多い。 まこと北陸医大 (仮) の人々は、寛大である。