これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/05/10 古書

我が北陸医大 (仮) 附属図書館の書庫は大きくなく、また書庫を拡張するだけの予算もないらしいため、古くて価値が乏しいと考えられる書物を定期的に処分している。 これらの書物は、廃棄する前に、学内に希望者がいれば無償で譲渡されている。 昨年度、私は、処分されそうになった古書のうち白川静『字統』『字通』『字訓』の字書三部作を引き取った。 日本語学や漢文学などを修めた学生であれば、白川の名を知らぬ者は、あるまい。 その字書三部作を廃棄しようというのだから、私は北陸医大図書館員の見識を少しだけ疑ったが、 まぁ、医学関係者は教養が乏しいことを思えば、こうした文学書は需要がないと判断して処分するのも、理解できなくはない。

他にも、私は昨年度、Ackerman の Surgical Pathology の第 5 版と第 6 版を回収した。 これは病理診断学の聖典であって、最新版は第 10 版である。 病理学者としては、こうした骨董品を蒐集したくなるのは自然なことであろう。

さて、今年度も、今週から来週にかけて図書館前に不要図書が陳列されており「ご自由にお持ち帰りください」とのことである。 私は、何か珍品がないものかと物色した末に、いくつかの宝物を回収して研修医室に引き揚げた。 戦利品の筆頭は、Williams Hematology の初版である。 血液学の世界的名著といえば、この Williams と Wintrobe Clinical Hematology が双璧であり、日本に限れば他に三輪血液病学の評価も高い。 Williams の最新版は第 9 版であり、私はこれを愛用しているが、1972 年に刊行された初版が廃棄されそうになっていたので、文化財保護の目的で回収したのである。 なお、歴史としては Wintrobe の方が古く、初版は 1942 年らしい。 もちろん、Wintrobe というのは血液学の巨匠 Maxwell M. Wintrobe であって、いわゆる赤血球指数を発案した人物などとして高名であるが、私は Williams 派である。

他に私が回収したのは、永井書店『臨牀病理學』第 2 版 (昭和 29 年), 吐鳳堂書店『赤血球沈降反應』第 5 版 (昭和 14 年), 金原出版『心音図の読み方』(昭和 38 年) である。 赤血球沈降反応という検査項目は、現代では診断上の価値が乏しいと考えられており、 一部の古い診断基準で採用されているから、というだけの理由で測定されることがあるに過ぎない。 また心音図は、測定が比較的容易で情報量も多い超音波検査が登場して以来、臨床的にはほとんど用いられなくなっている。 だが将来的に心音図の測定デバイスが改良されれば、聴診と同程度に気軽に実施できる検査として、心音図が復権する可能性がある、と私はニラんでいる。

もちろん、こうした古書には、教科書としての価値はない。 しかし、かつての医学者達が何を考え、何に興味を持って研究したのか、その息吹を感じるには、こうした古書は、はなはだ有益である。

なお、金原出版『臨床検査法提要』の第 20 版などは処分されるようだが、第 4 版は開架書庫に残されるようである。 さすが、北陸医大の図書館員は、わかっている。


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