これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/04/28 「多忙な医師・研究者の方へ」

医師の世界には、他分野の人々からは想像もつかないサービスが存在する。

週刊 The New England Journal of Medicine の日本国内版は、南江堂洋書部が日本国内での流通を担っている。 日本国内版といっても、内容は米国版などと同一である。ただ、日本国内で印刷しており、広告も日本国内向けのものが掲載されている。

同誌の裏表紙は全面広告になっており、薬剤の広告が掲載されていることが多い。 たとえば 2017 年 3 月 23 日の裏表紙は、大鵬薬品工業が国内販売を担っている「アブラキサン」の広告であった。 これはパクリタキセル製剤であって、つまり抗癌剤である。 冷静に考えると、患者が読む雑誌ではなく、医者が読む雑誌に広告が掲載されているというのは、恐ろしいことである。 世間の常識から考えれば、患者にどの薬を投与するかは、患者の病状や患者の希望に基づいて決定されるべきものであって、 雑誌に広告を掲載したからといって、その薬剤の販売量が増えるはずがない。 しかし現実には、製薬会社が医師に対して「ぜひ、うちの会社の薬を使ってください」と言わんばかりに、広告を掲載しているのである。

2017 年 4 月 27 日号の裏表紙の広告は、ケッサクであった。 これは東京に本拠を置く CACTUS という会社の editage というサービスの広告であって、 「多忙な医師・研究者の方へ、英語論文の生産性向上をサポートいたします。」などと書かれている。 「論文の生産性」という語にも違和感はあるが、凄まじいのは、そのサービス内容である。

「メディカル論文リライトサービス」は 25-60 万円であり「すでに執筆した医学系論文を、プロのメディカルライターがリライト。」とのことである。 このサービスを、一体、どのように使うのかは、よくわからないのだが、論文の体裁が整っていない文書を、それらしい形式に仕立て直してくれるのだろうか。

「メディカル論文執筆サービス」は 60-110 万円で「研究データは揃っているが論文にまとめる時間がない方のための論文執筆サポート。 著者の方の指示にしたがって執筆から投稿代行まで行います。」とのことである。

「メディカル論文強化・投稿サービス」は 11-25 万円であって「ジャーナル選択から投稿前ピアレビュー、投稿代行、 剽窃チェック、英文校正まで、論文投稿に必要なサポートが詰まったオールインワンサービス」らしい。

言うまでもなく、こうしたサービスは学術倫理的にまずいだけでなく、著作者人格権上の問題もある。 たとえば「メディカル論文執筆サービス」の場合、この会社の者が書いた論文を自分の名前で発表することになるのだから、明確な不正行為である。 もちろん、そのようなサービスに 60-110 万円を支払うというのだから、金銭感覚も、かなりおかしい。

何より問題なのは、自分の名前で発表する論文を他人に書かせる、という行為に抵抗を感じない点である。 真の科学者であれば、論文に使う単語の一つ、言い回しの一つにも繊細に気を配る。 緻密な論理的思考に基づいて研究を進めたのであれば、その成果を発表するための論文を、どうして、他人の手に委ねることができよう。

こういうサービスの広告を平然と掲載するのだから、南江堂洋書部の倫理観も、その程度だということである。


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