これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
3 月頃に比べると、日記の記載頻度が低下している。記事の品質も落ちているように思われる。 これは、日々の研修や学業でそれなりに多忙であるため、日記にあまり時間を費せないからである。 たぶん 5 月末までは、この状態が続くやもしれぬ。
本日の話題は、プロポフォールである。 これは麻酔などで用いられる鎮静薬であって、経静脈投与することで、平たくいえば「眠らせる」薬である。 この薬については過去にも書いたことがある。
プロポフォールは脂質親和性が高く、分布容積も大きい。 麻酔科学の聖典である Miller RD ed., Miller's Anesthesia, 8e, (2015). によれば 2-10 L/kg 程度、 日本人を対象にした試験報告でも 5.3 ± 2.2 L/kg 程度のようである (麻酔 39, 219-229 (1990)., 麻酔 39 685-686 (1990).)。 薬理学に詳しくない人のために説明すると、分布容積が大きいというのは、つまり、その薬は血液以外のどこかの組織に大量に貯留する、という意味である。 プロポフォールの例でいえば、脂肪組織などに、よく溶け込むのだと考えられる。
現代の全身麻酔では、プロポフォールを単回投与することで麻酔の導入、つまり意識を失わせる rapid induction を行い、 麻酔状態を維持するには揮発性の吸入麻酔薬を使うことが多い。 しかし諸般の事情により、手術中も吸入麻酔薬ではなくプロポフォールの持続投与で麻酔の維持を行うこともあり、 これは Total IntraVenous Anesthesia (TIVA) と呼ばれる。
TIVA を行う際には、当然、プロポフォールの投与量を適切に調節しなければならない。 そこで、体内でのプロポフォールの薬物動態モデルに基づいて、コンピューターを用いて投与量を自動調節する Target-Controlled Infusion (TCI) を用いることが多い。 当然のことであるが、この TCI によるプロポフォールの濃度予測には限界があるので、その薬物動態学的背景について、麻酔を行う医師は悉知していなければならぬ。
プロポフォールは主に肝臓で代謝されるが、腎や肺での代謝も重要であるらしい、という話は以前の記事でも触れた。 ところが、英国の某製薬会社によるプロポフォール製剤のインタビューフォームをみると、おかしなことが書かれている。 なお、インタビューフォームというのは、薬剤についての詳細なデータシートのようなものである。 このインタビューフォームには「肝障害患者における薬物動態」として、次のように記載されている。
肝硬変患者群及び正常な肝機能を有す患者群にプロポフォールを単回静脈内ボーラス投与あるいは静脈内持続投与したとき、 薬物動態パラメータ (半減期、クリアランス) に両群間で統計的有意差は認められなかった。
まるで、肝障害のある患者でも、プロポフォールの薬物動態は健常者と大差ないかのような表現である。 しかし、それは、上述のようにプロポフォールが主として肝臓で代謝されるという事実からすれば、あり得ない。 一体、どういうことなのか。
勘の良い人であれば「統計的有意差は認められなかった」という表現から、ピンとくるであろう。 このあたりの事情について書こうと思ったのだが、いささか長くなってきたので、続きは次回にする。