これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


医学日記 (2017 年度 2)

2017/09/29 Brugada 症候群 (2)

10 月 10 日の記事に続きがある。

Brugada 症候群という名称は、これを最初に報告した Brugada 兄弟の名からつけられたものである (J. Am. Coll. Cardiol. 20, 1391-1396 (1992).)。 この報告の筆頭著者である P. Brugada は、その後もこの疾患群の第一人者であり続けている。 彼が 2016 年に書いたレビューは、短く簡潔で読みやすいので、Brugada 症候群をよく知らない人は、ぜひ読まれよ (J. Cardiol. 67, 215-220 (2016).)。

Brugada 症候群の、type I と呼ばれる典型的な心電図所見は、V1 〜 V3 誘導における ST 上昇と陰性 T 波である。 これの生じる機序を、どのように説明するか、という問題は現在なお未解決であるが、いくつかのもっともらしい仮説は提唱されている。

最も広く知られている仮説は「再分極説」である。 これは 2009 年の Brugada 三兄弟によるレビューでも採用された (Rev. Esp. Cardiol. 62, 1297-1315 (2009).)。

これは、Brugada 症候群患者の 20 % 程度にみられる SCN5A 遺伝子の変異を Brugada 症候群の原因とみる考え方である。 SCN5A は、心筋細胞の電位依存性ナトリウムチャネルをコードする遺伝子である。 これが機能障害あるいは発現低下していると、心筋細胞の膜電位の phase 1 が深くなり、電位依存性カルシウムチャネルが活性化しない。 その結果プラトーが小さくなり、再分極が早く起こる。 SCN5A は、主に心外膜側の心筋細胞で発現しており、心内膜側では発現が乏しい。従って、この SCN5A の変異の影響は、心外膜側で顕著になる。

ところで、「心内膜側の膜電位と心外膜側の膜電位の差」が心電図と概ね一致する、と考える人々がいる。この考えが、いかなる根拠に基づくものであるのかは、知らぬ。 この考えに基づいて、SCN5A の変異によって Brugada 症候群の type I の心電図を説明できる、という意見がある (Circulation 100, 1660-1666 (1999).)。 前述の P. Brugada の 2009 年のレビューでも、これを採用している。

以上のことを総合して、SCN5A あるいはそれに類するイオンチャネルの異常に起因する早期再分極によって Brugada 症候群の心電図異常が生じるのだ、とするのが再分極説である。 しかし、これは誤った考え方である。 SCN5A の変異というならば、それは心室全体にびまん性に生じるはずであって、V1 〜 V3 に限って ST 上昇がみられるのは、おかしいからである。

そもそも、心電図を「心内膜側と心外膜側の膜電位の差」で説明しようとすること自体が誤りである。 詳細は別のところで述べたが、心電図は、細胞外の電流ないし電位の分布を捉える検査である。膜電位、すなわち細胞内電位は関係ない。 心内膜側と心外膜側の膜電位の差は、一定の条件下で心電図に類似する可能性はあるが、あくまで心電図とは異なるものである。 上述の 1999 年の Circulation に掲載された報告では、それでも pseudo-ECG、つまり「偽心電図」と書いていたから許せなくもない。 しかし、これを引用した P. Brugada は単に ECG、つまり心電図、と書いており、正しくない。 「偽心電図」は、あくまで偽物なのであって、これと本当の心電図を混同してはならない。

こういう論理の不整合を無視して、都合の良い一面だけを捉えて「説明できた」と称するのは、科学的態度ではない。 冷静に論理的に考えれば、SCN5A の変異は、Brugada 症候群に関係はするであろうが、直接の原因とはなり得ないのである。

次回は「脱分極障害説」を紹介しよう。


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