これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/09/28 Brugada 症候群 (1)

医学科の高学年生や医師であれば、Brugada 症候群という名称ぐらいは、聞いたことがあるはずである。 しかし、この症候群の概念を自信を持って説明できる者は稀であろう。 朝倉書店『内科学』第 11 版は、Brugada 症候群の「定義・概念」を次のように説明している。

Brugada 症候群は, 12 誘導心電図の V1 〜 V2 (V3) 誘導で ST 上昇を認め, おもに夜間睡眠中または安静時に VF (註: 心室細動のこと) を発症し突然死の原因となる疾患である.

鋭い人は気づいたであろうが、これは Brugada 症候群の特徴を述べているだけであって、「定義・概念」としては正しくない。 もし、これが定義であるならば、突然死しなければ Brugada 症候群ではない、ということになってしまう。 また、実際には ST 上昇を伴わない Brugada 症候群もある。 そもそも、Brugada 症候群が一つの「疾患」であるかどうかは、疑わしい。「疾患」の定義については2 年ほど前に紹介した。 さらにいえば、急性中隔心筋梗塞は Brugada 症候群ではないが、上述の「定義」には当てはまってしまう。 朝倉『内科学』は学生向けの内科の参考書として人気であるが、このように定義の記述が甘いので、本当に内科学をキチンと勉強する際には役立たない。

実は我が書棚には Braunwald's Heart Disease のようなキチンとした循環器学の成書が収められていない。 そこで学生向けの参考書である Lilly LS, Pathophysiology of Heart Disease, 6th Ed. (Walters Kluwer; 2016). や、 心電図学のアンチョコ本である Goldberger AL et al., Goldberger's Clinical Electrocardiography, 9th Ed. (Elsevier; 2018). をみても、 Brugada 症候群の定義は述べられていない。 おそらく、疾患概念を曖昧にしたままに臨床的な診断基準 (Heart Rhythm 10, 1932-1962 (2013).) だけが独り歩きするという異常な事態が生じているのではないか。

Brugada 症候群は単一疾患ではないが、特定の「症候」で括られるわけではないので、症候群ともいえない。 疾患群である、と考えるべきであろう。 これは、次のように定義するのが良いと思うが、いかがであろうか。

Brugada 症候群とは、右室伝導路の異常を背景とする不整脈であって、局所のリエントリー回路の形成により致死的不整脈を来すリスクの高い状態が恒久的に生じているものをいう。

中途半端に循環器学を修めた人であれば、「右室伝導路の障害」という表現をただちに攻撃するであろう。 というのも、多くの教科書において、Brugada 症候群では再分極障害はあるが伝導路自体は健常である、などと記載されているからである。 ここでいう再分極障害とは、ナトリウムチャネルの機能障害などにより一部の心筋細胞で早期に再分極する、という意味である。

その考えは、誤りである。 典型的な Brugada 症候群の心電図は、右室伝導路の障害を伴わない再分極障害では、説明できない。 諸君は、教科書やアンチョコ本の記載を鵜呑みにしているから、そういう理屈の通らない説明に騙されるのである。 「教科書を信じるなというなら、一体、何を信じれば良いのか」と言う人もいるが、それに対する答えは簡単である。 我々は、ただ自分の頭脳のみを信ずるべきである。

こういうことを書くと、学識の乏しい人々は悔し紛れに、私に向かって「では、お前は Brugada 症候群の心電図を説明できるのか」と切り返す。 よろしい。説明してさしあげよう。 と、思うのだが、記事が長くなってきたので、続きは次回にする。


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