これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/09/18 低栄養と血液学的異常 (1)

過日、「低栄養が原因で、血小板減少を伴わない好中球減少症を来すことは、あるだろうか」という疑問が湧き起こった。 詳細は記さないが、そういう現象が起こっていると想定される患者を診たからである。

低栄養のために汎血球減少を来す、というのは、機序はともかく、ありそうに思われる。 平たくいえば、栄養不足で血液を造れない、という状況である。 では、血小板は造れるが好中球は造れない、という状況は、あるのだろうか、というのが上述の疑問の要点である。

朝倉書店『内科学』第 11 版には、栄養不良が骨髄に及ぼす影響については記載がない。 また、内科学の名著 Kasper DL et al., Harrison's Pprinciples of Internal Medicine, 19th Ed. (McGrawHill; 2015). には、 クワシオルコルにおいてはリンパ球減少がみられる、と記載されている。

栄養不良は、マラスムスとクワシオルコルに分けて考えるのが一般的である。 マラスムスは、全ての栄養素が長期にわたり欠乏することによって生じる臨床病型であって、浮腫を伴わない体重減少などを特徴とする。平たくいえば、慢性的な飢餓である。 一方でクワシオルコルは、炭水化物は摂取できているが蛋白質が欠乏しているような状況で生じる臨床病型であって、下肢の浮腫などを特徴とする。 `Harrison' は、先進国におけるクワシオルコルは疾患や外傷などによる急性一過性の栄養障害で生じることが多い、と述べている。 ただし、これには異論もあり、血液学の名著 Kaushansky K et al., Williams Hematology, 9th Ed. (McGraw Hill; 2016). では、これをクワシオルコルに含めていない。

飢餓が人体に及ぼす影響については、1940 年代に米国のミネソタ大学で健常者を対象とする大規模な研究が行われ、 長大な報告書 (Keys A et al., The Biology of Human Starvation, (Minnesota Press; 1950).) にまとめられたらしい。 しかし、この報告書は東京大学、京都大学、長崎大学などには所蔵されているものの、我が北陸医大 (仮) の図書館には収められていないので、私は確認できていない。

一方、神経性食思不振症 Anorexia Nervosa の患者における血液学的異常については、報告が比較的豊富である。 この問題について、よくまとまったレビューは Int. J. Eat. Disord. 42, 293-300 (2009). である。 詳細な議論は割愛するが、Anorexia Nervosa ではしばしば貧血を来すが、これは単純なビタミンなどの栄養素の欠乏によるものではない、と考えられている。 また白血球減少については、`Harrison' がいうようにリンパ球減少もみられるが、好中球減少も稀ではない。 さらに、比較的頻度は低いが、血小板減少も来すことがあるらしい。 従って、冒頭で述べた疑問についていえば、「低栄養により血小板減少を伴わずに好中球減少を来すことは、ある。」ということになる。 なお、好中球減少については、BMI の小さい患者ほど頻度が高いかもしれない、という意見もあるが、はっきりしない (Eur. J. Clin. Nutr. 70, 1305-1308 (2016).)。

この話には、もう少し続きがあるのだが、長くなってきたので次回にしよう。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional