これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/09/15 公僕

さて、私はあるとき、ある病院の救急外来で、医療保護入院が実施される現場に立ち会った。 患者は妄想が強いが、それ以外の精神身体機能は健全なようであった。 話している内容も、妄想に関する部分以外は、完全に筋が通っていた。

その人は病識がないようであり、入院には、同意しなかった。 詳しい経緯は知らないが、保健所の職員や親族に半ば騙されるような形で病院に連れて来られたらしい。 入院させる旨を告げられると、激しく抵抗した。

その人が興奮して立ち上がった時、ある若い研修医が「ちょっと座ろうか」と声をかけて制止した。 すると、その人は、ますます怒った。 そういう口のきき方は、ないんじゃないか、というのである。 だいたい、医者にせよ看護師にせよ、あんた達は、いつもそうだ。上から目線で、偉そうにして、見下して。 患者といえども一種の顧客なのであって、たとえ相手が興奮していても、丁寧な言葉遣いで対応するのが、社会人として当たり前ではないか。 と、その人はまくしたてた。

諸君は、医学科を出て医者になるという、世間の常識から隔離された世界で生きてきたから、この患者の言うことを理解できないかもしれない。 しかし、ごく普通の社会常識からすれば、この患者の発言は、至極、もっともなのである。 たぶん私だけでなく、その場に居合わせた保健所職員も、患者家族も、その患者の発言には心から同意していたと思う。

普通の人は、医者と喧嘩しようとは思わないから、そういうことを思っていても、口にはしない。 しかし、この患者は妄想に伴って、いささか、そうした抑制が効かない状態になっていたのであろう。 思っていることを、全て口にしてしまったものと思われる。

民間の商取引は、基本的には、両者の合意があって初めて成立する。 「嫌なら来るな」というのは、法的には、正当な主張なのである。 しかし医師に関しては、医師法で応召義務が定められており、「嫌なら来るな」と断わる権利はない。このあたりは、公務員と同様である。 我々は公僕である、という認識を、忘れてはならない。

なお本記事においては個人等の特定を避けるため、一箇所だけ事実に反する内容を記載しているが、話の本筋には全く影響ない部分である。


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