これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
いわゆる二次結核の中に、再活性化によるものが含まれているのは事実である。 昨日の記事で紹介した、結核菌のゲノムを調べて再感染を証明した報告 (N. Engl. J. Med. 341, 1174-1179 (1999).) においても、16 例中 4 例は再活性化であった。 近年の話題でいえば、TNF-α 阻害薬であるインフリキシマブや免疫抑制薬などを使用することで、結核の再活性化を起こす例のあることが知られている。 余談であるが、この現象は病理漫画「フラジャイル」でも取り上げられた。
では、抗 CD20 抗体薬であるリツキシマブを使用した場合、結核が再活性化することは、あり得るだろうか。
この問題に私が興味を持ったのは、週刊「The New England Journal of Medicine」8 月 24 日号の Case Records of the Massachusetts General Hospital (N. Engl. J. Med. 377, 770-778 (2017).) を読んだ時である。 この記事では
Reactivation can be seen in patients who have received therapy with glucocorticoids or rituximab ... but is more common in persons who have received therapy with a tumor necrosis factor α inhibitor.
結核の再活性化は、グルココルチコイドやリツキシマブによる治療を受けた患者でも生じることがある。 しかし最も多いのは、TNF-α 阻害薬による治療を受けた患者においてである。
と述べられていた。これを読んだ時、私は「まさか」と思った。 リツキシマブ投与により結核が再活性化するとは考えにくいからである。
潜伏感染している結核菌が人体のどこで生存しているのかは、知らない。 教科書には記載がないし、その他の文献でも読んだことがない。たぶん、誰も知らないのだと思う。 しかし、結核菌はマクロファージに貪食された後にファゴリソソームの形成を阻害することで、マクロファージ内で生存・増殖することが知られている。 このことからは、結核菌は主に肺胞マクロファージ内に潜伏感染する、と想像するのが自然である。 それならば、結核菌の活動を抑えるにあたりインターフェロンなどは関与するであろうが、抗体や B リンパ球は無関係であろう。 リツキシマブは B リンパ球の活動を抑える薬なのだから、これが結核を再活性化させるとは考えにくい。
上述の記事で、該当箇所の根拠として引用されていたのは Int. J. Infect. Dis. 15, e2-e16 (2011). と PLoS One 11, e0153217 (2016). である。 しかし私が読む限り、いずれの文献にも、リツキシマブが結核を再活性化させたことを示す記載はない。 この記事の著者が、どういう解釈に基づいてリツキシマブによる結核の再活性化の可能性を指摘したのかは、理解できない。
ついでにいえば、この記事において、interferon-γ release assay (IGRA) の陰性所見を「偽陰性であろう」と述べている点についても、理解に苦しむ。 この記事の症例では、患者は過去にツベルクリン反応陽性であったことを根拠に latent tuberculosis と診断されたのだが、その後の IGRA では陰性であった。 Latent tuberculosis では生涯にわたり IGRA 陽性となるはずだから、という理由で、著者は IGRA 陰性という所見を「偽陰性」と判断したのである。
なぜ、ツベルクリン反応偽陽性の可能性を考えないのか。ツベルクリン反応の特異度の低さを、知らないのか。 そもそも、陰性という検査結果を単に「偽陰性」と切り捨てるぐらいなら、はじめから検査を実施するべきではない。 臨床検査医学に対する理解が乏しいと言わざるを得ない。
このことからわかるように、the Massachusetts General Hospital の医師といえども、とんでもなく優秀なわけではない。 医師としての見識、水準でいば、北陸医大 (仮) や名古屋大学よりは少しばかり上かもしれないが、我々の手が届く程度の差に過ぎない。