これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/09/07 いわゆる二次結核 (1)

いわゆる二次結核の話をしよう。 学問を語る時には、言葉の定義を正確にすることが重要である。 基本的には、初めて結核菌に感染してすぐに発症する結核を一次結核と呼ぶのに対し、初感染から長い期間を経てから発症する結核を二次結核と呼ぶ。 しかし「二次結核」の厳密な定義については、歴史的に混乱が続いている。 近年では、そもそも「二次結核」という語の使用を避ける識者が少なくないようである。

医学書院『医学大辞典』第 2 版の「結核」の項では、結核菌に感染して「いったん治癒した後, 結核菌が再増殖し, 二次性結核として発症する。」としている。 つまり、潜伏感染していた結核菌が、何らかの事情により再活性化して発症するものを二次結核と呼ぶ、とする立場である。 古典的には、この先行する「初感染」は小児期に起こることが多い、と信じられていた。

一方、基礎病理学の名著である Kumar R et al., Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease, 9th Ed. (Elsevier; 2015). は

Secondary tuberculosis is the pattern of disease that arises in a previously sensitized host. ... It most commonly stems from reactivation of a latent infection, but may also result from exogenous reinfection

二次結核とは、既に結核菌に感作されている患者において生じる病型をいう。... 多くの場合は潜伏感染していた結核菌の再活性化によるものであるが、再感染によって生じることもある。

と述べている。 また、内科学の名著 Kasper DL et al., Harrison's Pprinciples of Internal Medicine, 19th Ed. (McGrawHill; 2015). は

it may result from endogenous reactivation of distant LTBI or recent infection

二次結核は、潜伏感染していた結核菌の再活性化によって生じることもあれば、再感染によって生じることもある

という曖昧な記載に留めている。こういう「無難」な表現は、情報量が少ないので、私は好きではない。

さて、感染症学の聖典である Bennett JE et al., Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th Ed. (Elsevier; 2015). は 「二次結核 secondary tuberculosis」という曖昧な表現を避け、「慢性肺結核 chronic pulmonary tuberculosis」について

In countries where the level of contagion is low, most cases of active tuberculosis reflect reactivation of latent foci. However, when contagion is high, exogenous reinfection may be more common.

結核が流行していない地域においては、活動性結核の多くは潜伏性病変の再活性化である。 一方、結核の流行地域においては、再感染が多数を占めることがある。

としている。

二次結核の機序について、以前は、上述の医学書院のような「再活性化説」が広く信じられていたらしい。 たとえば 1958 年頃の文献 (Transactions of the Conference of the Chemotherapy of Tuberculosis 17, 214-217 (1958).) をみると、 あたりまえのように「再活性化 reactivation」という表現が用いられている。 この再活性化説が信じられるに至った歴史的経緯は、知らぬ。

2000 年前後に、少なくとも日本をはじめとする結核流行地域においては再感染の割合が高いのではないか、という議論が盛り上がったようである。 再感染を証明した最も衝撃的な報告は、1999 年の van Rie らによるものである (N. Engl. J. Med. 341, 1174-1179 (1999).)。 Van Rie らは、治療後に再発した結核患者について、初発時と再発時の結核菌のゲノムを調べ、両者が異なる株であることを示したのである。 その後、流行地域においては結核感染は頻回に生じていることなどが報告され、現在では、いわゆる二次結核の多くは再感染であると考えられている。 このあたりの議論は Am. J. Roentgenol. 192, W198 (2009). に簡潔にまとめられている。


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