これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/09/02 血液培養の恐怖

血液培養というのは、文字通り、血液を検体として細菌や真菌の培養を行う検査のことである。 感染症が疑われている患者について、血中に病原体が存在しないかどうかを調べる目的で行う。 これは奥の深い検査であり、その詳細を語ると非常に長くなるので、それは別の機会にしよう。

詳しい根拠については触れないが、現代においては、血液培養検体を採取する際には、別の場所から 2 回、つまり「2 セット」を採取するのが原則である。 世の中には、空気がないと増えない細菌と、空気があると増えない細菌の両方が存在する。 従って、血液培養は、空気を含む「好気ボトル」と空気を含まない「嫌気ボトル」をセットで行うのが普通である。 つまり「2 セット」というのは、ボトルの数でいえば 4 本分にあたる。1 本あたり基本的には血液 10 mL を入れるので、2 セットで 40 mL である。 これは、血液量としては、なかなか多いようにみえるかもしれないが、成人であれば血液は 4 L ぐらいはあるので、その 1 % を抜くに過ぎず、大したことはない。 ただし体重が 1 kg にも満たないような嬰児の場合、40 mL も血液を抜いたら死んでしまうので、気をつけねばならない。

さて、ある時、静脈からの採血が困難な患者について、左右の大腿動脈から血液培養検体を 1 セットずつ私が採取した。 大腿動脈というのは「足のつけ根」のところにある動脈であり、比較的浅いところを走っている太い動脈なので、血液を採取するのに都合が良いのである。 培養検体採取にあたっては、北陸医大 (仮) の場合、ヨード系消毒薬で皮膚を消毒し、しっかりと乾燥させてから針を刺すことになっている。 この「乾燥させる」という部分が重要で、しっかり乾燥させないと消毒薬の殺菌効果が発揮されず、皮膚についている細菌が検体に混入する恐れがある。 いわゆる「コンタミネーション」である。 実際、ある研修医が採血すると頻回にコンタミネーションが起こる、というので、指導医が採血手技の詳細を確認してみると、充分に乾燥させていなかった、という事例があった。 そこで乾燥を徹底するようにしてからは、その研修医が採血してもコンタミネーションは滅多に起こらなくなったのである。

さて、私は上述の検体採取を、複数の指導医がみている状況で行った。 私は小心者なので、いささか緊張し、あまりモタついてはならぬ、などと焦りが生じた。 そして、今から思えば完全に誤った行為なのであるが、消毒薬が充分に完全に乾燥しきるよりも少しだけ早く、針を刺してしまったのである。 検体の採取自体は、スムーズに行うことができた。

はたして、その血液培養では、2 セットから Staphylococcus aureus が検出された。 これをみて、私はヒヤリとしたのである。

2 セットともに S. aureus 一菌種のみが検出されたことや、S. aureus は表皮の常在菌としては比較的頻度が低いことから、 これは本当に血液中にいた菌が検出されたものと考えるのが自然である。 しかし、もしこれが S. aureus ではなく S. epidermidis であったり、あるいは複数の菌種が検出されていたら、どうであったか。 S. epidermidis は表皮の常在菌として頻度が高いので、消毒方法が不適切であれば、2 セット共にコンタミネーションすることは充分に考えられる。 また、菌血症では一菌種のみが検出されることが多いのに対し、コンタミネーションの場合は複数の菌種が検出されることが多い。 従って、そうした培養結果が 2 セット共に出た場合、「消毒はキチンとやりました」と言えなければ、 コンタミネーションの可能性を否定できず、検査結果の解釈が困難になるのである。

以上のようなことを私は知識としては知っていたのだが、キチンと実践できていなかった。 幸い、患者に害が及ぶようなことはなかったが、採血手技が不適切であると、場合によっては、本来不必要な抗菌薬を患者に投与せざるを得なくなる。 以後、気をつけよう。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional