これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
勉強の足りない学生や研修医の中には、CD4 や CD8 の発現と T 細胞の分化について無知な者もいるかもしれないから、確認しておこう。 詳細は免疫学の教科書を参照されると良いが、臨床のマジメな教科書である Firestein GS et al., Kelley & Firestein's Textbook of Rheumatology, 10th Ed., (Elsevier; 2017). を参照しても良い。 塩沢俊一『膠原病学』改訂 6 版 (丸善; 2015). は名著であるが、T 細胞の分化についての記述は乏しいので、今回はお勧めできない。
T 細胞の前駆細胞は、CD4 陰性 CD8 陰性の、いわゆる double negative な状態で胸腺皮質に入る。 そこで T 細胞受容体 (T Cell Receptor; TCR) のβ鎖の遺伝子再構成が起こった後、CD4 陽性 CD8 陽性すなわち double positive な未熟 T 細胞になる。 この段階で TCR のα鎖についても遺伝子再構成が行われ、さらに正の選択が行われる。 しかる後に、負の選択を受け、また CD4 または CD8 の downregulation が起こり、成熟した CD4 陽性または CD8 陽性の T 細胞が完成する。 では、負の選択と、CD4 または CD8 の downregulation は、どちらが先に起こるのか。 この点について、Crit. Rev. Immunol., 18, 359-370 (1998). 【文献取寄中】 のように、double positive の段階で負の選択を受ける、とする意見がある。 一方で、塩沢や Firestein の教科書は、この点について明記していない。なぜだろうか。
この問題については、マウスを用いた実験に基づくレビューである Cell. Mol. Immunol. 1, 3-11 (2004). が参考になる。 どうやら T 細胞クローンの選択は、成熟の過程で持続的に起こっているらしく、 つまり double positive の段階で選択を受け、さらに、single positive になってからも一部のクローンはアポトーシスするらしいのである。 これがヒトでも同様に起こっているのかどうかは、知らぬ。
さて、菌状息肉症において CD4 陽性から CD8 陽性への転換が生じる件についてである。 常識的に考えれば、これは菌状息肉症の腫瘍細胞において、CD4 や CD8 の発現を制御する何らかの遺伝子の発現に異常が生じた結果であろう。 CD4 陽性から CD8 陽性への転換自体ではなく、その背景にある分化や増殖のシグナルの変化が菌状息肉症の進行を促すことは、充分に考えられる。 たとえば、上述の 1998 年のレビューによれば、CD4 陽性細胞と CD8 陽性細胞の分岐には Notch シグナルなどが関与しているらしく、 菌状息肉症では、こうした因子に異常が生じるのかもしれぬ。 これだけであれば、まぁ、そうか、という程度の話であって、それほど興奮しない。常識的でありすぎるからである。
しかし、我々の常識というのは、しばしば、世界の真実から乖離している。 従って、時には非常識な空想を働かせることも、科学の発展においては有益であろう。
CD4 や CD8 の発現の乱れが先にあって、その結果として菌状息肉症の腫瘍細胞が増殖・転移したのではないか。 一定の条件下において、そもそも T 細胞には CD4 陽性から CD8 陽性に転換する性質があるのではないか。
上述のように、single positive な T 細胞も胸腺で選択を受けるとすれば、末梢組織で CD4 陽性から CD8 陽性に転換することは重大な問題を引き起こす。 すなわち、CD4 陽性であるが故に自己抗原に反応しなかった T 細胞が、CD8 陽性に転換することで自己免疫応答を惹起することが、理論上、考えられる。 こうした現象が、いわゆる自己免疫性疾患や膠原病の背景に存在するのかもしれぬ。