これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
我が北陸医大 (仮) の場合、患者に病状説明を行い、治療方針を話し合おうとすると、 「難しいことはよくわからないので、全部お任せします」などと述べ、判断を放棄する患者は稀ではない。 過日、滋賀県の某病院スタッフに尋ねてみたところ、同じような状況では滋賀でもみられるとのことであった。 たぶん、北陸や滋賀といった地方では、医者を聖人か何かと勘違いしている人が稀ではなく、医者に任せておけば安心だと誤解しているのであろう。 医者の方も、医学をよく修めていないから「全て任せてくれるなら、やりやすくて良い」などと思っているのだろう。
いうまでもなく、患者に「全てお任せします」と言われているようでは、病状説明を行ったことにならず、インフォームドコンセントを取得したことにもならない。 これについて内科学の名著 Harrison's Principles of Internal Medicine, 19th Ed. (Elsevier; 2015). は次のように述べている。
The fundamental principles of medical ethics require physicians to act in the patient's best interest and to respect the patient's autonomy. These requirements are particularly relevant to the issue of informed consent. ... In every case, the physician is responsible for ensuring that the patient throughly understands these risks and benefits; encouraging questions is an important part of this process. This is the very informed consent.
医療倫理の基本原則として、医師は患者の利益のために行動するとともに、患者の自律性を尊重しなければならない。 換言すれば、インフォームドコンセントが重要である、ということである。 ... いかなる場合であれ、医師には、患者に治療のリスクや利益についてよく理解させる責任がある。 そのためには、質問をさせることが重要である。 これこそがインフォームドコンセントなのである。
北陸医大の医師の中には、研修医も含め、「患者が理解を放棄しているのだから、仕方ないではないか。」などと考えている者がいるようである。 しかし、それは誤りである。患者が理解していないのは、医師の側の問題である。 よほど特殊な場合を別にすれば、自分の身体や精神のことに関心のない者など、いない。 それなのに患者が理解を放棄しているのは、どうせ説明を求めても理解できるようには教えてくれない、 質問をすると医者が不機嫌になるかもしれない、などと諦めているからである。 あなた方が、患者を、そういう風にしてしまったのである。
多くの人が内心では理解しているであろうが、敢えて口にはしないであろうことを、私がここで代弁しておく。 多くの医者は、あなた方の利益のことなど、本当は考えていない。 「癌だから、治療しなければならない」「治療するなら、化学療法しかない」「化学療法するなら入院しなければならない」「これが標準治療なのだ」 という論理なのであって、何が患者の利益なのか、どういう形で最期を迎えるのが望ましいか、といったことは、考えていない。 近藤誠の主張は医学的には正しくないが、しかし現代の癌治療医の多くが患者のことを考えていないと批判した点については、 正しいのである。