これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
また、しばらく間があいてしまった。近頃、少しばかり疲れているようである。いけない。
本日は、研修医が指導医を刺しにいくことについて書く。刺す、というのは、もちろん、比喩的な意味である。
きっかけは、梅毒であった。 血清学的に抗 Treponema pallidum 抗体陽性で、梅毒を疑われる患者に対し、アモキシシリン (Amoxicillin; AMPC) が投与された症例をみたことがある。 少なくとも日本においては標準的な治療法なのだが、私は、これをみて「おや?」と思った。 以前、『サンフォード感染症治療ガイド 2017 (第 47 版)』をみて、梅毒菌 (T. pallidum) やレプトスピラ (Leptosipira spp.) に対しては ペニシリン G が推奨されているのであって、他のペニシリン系薬剤は、アモキシシリンも含めて「推奨されない」と記載されていたことを覚えていたからである。
なぜ、私がそんなことを覚えていたかというと、 The New England Journal of Medicine の 2017 年 7 月 20 日号に掲載された Case Records of the Massachusetts General Hospital (N. Engl. J. Med. 377, 268-278 (2017).) を読んだからである。 この Case Records は、レプトスピラ症の症例を扱ったものである。 レプトスピラ (Leptospira spp.) というのはスピロヘータの一種であって、平たくいえば、梅毒菌 (Treponema pallidum) の類縁細菌である。 このレプトスピラ感染症の症例を巡る検討会の議事録 (抄録) が、上述の記事として紹介されていたのである。 この記事では、レプトスピラ症の治療薬としてペニシリン、セフトリアキソン、ドキシサイクリンなどの薬剤が挙げられていた。 私は「おや、ペニシリンで良いのかい?」と思い、「サンフォード」を参照した。 そこで、梅毒菌やレプトスピラに対して「他のペニシリン系抗菌薬ではなく、ペニシリン G だけが推奨される」という意味の記載をみて、驚愕し、強く印象に残ったのである。
私は、たまたま病院の廊下で出会った感染症科の重鎮医師に対し、「サンフォード」の記載を説明して「梅毒にアモキシシリンというのは、どうなのでしょうか」と問うてみた。 すると、その重鎮は「なぜ、サンフォードにそのように記載されているのかはわからない。少なくとも、梅毒にアモキシシリンは、ごく普通に投与される。」と答えた。 どうやら、日本と米国で、梅毒に対する標準的な治療法が異なるらしいのである。なぜ、そのような違いが生じるのか。
そこで私は、各種の文献を漁り、梅毒に対する治療薬としてペニシリン G とアモキシシリンのどちらが優れているのかを検討した。 詳細について記したいのだが、いささか長くなるので、続きは次回にしよう。