これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/08/13 言葉遣い

少し間があいてしまった。 これには少しばかりの事情があるのだが、今は、それについて説明すべき時ではない。

医師や医科学生の言葉遣いが無茶苦茶だ、という話は、過去に何度も書いた。 検査値の「高い」と「上がる」を混同していたり、 「ワイセ」などのように外国語を不適切に省略して用いたり、 「腫大」と「拡張」を混同したり、といった具合である。 彼らは「伝われば、それで良いだろう」と言うが、実際には伝わっていない。 たとえば血液検査所見で「白血球数が異常高値である」というのを「白血球が上がっている」と言われると、 それが「前回に比べて、より高値になっている」という意味なのか、単に「基準範囲より高い」という意味なのか、わからなくなってしまう。 そのような曖昧な表現でも、彼らは「伝わっている」と思っているらしい。 おそらく、彼らは臨床検査について深く考察していないから、曖昧な表現で理解できたような気分になっているのだろう。 そのような姿勢では、臨床検査から本来は読み取れるはずの情報のうち、ごく一部しか診断に活かされず、患者は迷惑する。 遺憾なことに、現在の日本の医療体制では、そうした「甘い診断」を指摘し批判する者がいないから、医者は「自分は、充分よくやっている」などと勘違いする。

世の中には医師向けの会員制ウェブサイトというものがあって、匿名で情報交換できるようなサービスもある。 私も、ごくたまに、そうしたウェブサイトを覗くことがある。 過日、某新聞の投書欄に「若い医師の中に言葉遣いの乱れた者がおり、気になる」という趣旨の投書があったらしい。 具体的には、救急外来受診時に「めっちゃ具合が悪くなったら……」と医師に言われ、不安になった、というのである。 なお、この「めっちゃ」というのは方言ではなく、いわゆる若者言葉であり、それで投稿者は不安になったらしい。 この投書に対し、そのウェブサイトに書き込まれた (自称) 医師達によるコメントは、ほぼ例外なく投稿者や新聞社を批判するものであった。 概ね「そんなのは些末な問題である。医師にとって重要なのは『腕』であって、言葉遣いではない。」といった論調であった。

話にならぬ。この自称医師達は、「ムント・テラピー」というものを知らないようである。 患者に安心感を与えるために「適切な振舞、適切な言葉遣い」をすることが重要であることは、臨床医学において常識である。 実際、我々は学生時代にも、あるいは医師になってからも、そのように教育されているし、 内科学の名著 Harrison's Principles of Internal Medicine 19th Ed. にも、そのような意味のことが書かれている。

某内科で研修を受けた時、ある指導医から「患者に応対するときは、一流ホテルのホテルマンになったつもりで接すべし」と教わった。 なるほど、と思い、私は患者に対し、言葉遣いや所作について、可能な限りの注意を払って接するようにしている。 もちろん、私の立居振舞は、キチンとした訓練を受けたホテルマンには遠く及ぶまい。 それでも、特に敬語の使い方には気を使い、 また基本的には他の医師のことを「○○先生」ではなく「○○」と呼び捨てにするよう心掛けている。 さらに、原則としてネクタイを着用することで「キチンとした服装の、信頼できそうな医者」にみせかける、という小技も使っている。


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