これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
今年の末に、北陸医大 (仮) を卒業して現在は米国の某有名大学で働いている医師を招き「臨床留学について」というような題目で講演が行われるらしい。 あまり興味は湧かないが、せっかくなので、聴きに行こうとは思う。
気に入らないのは、この講演会の予告ビラの記述である。 この医師が現在勤めている病院や診療科について「全米で 3 位にランクされている」などとして、素晴らしい病院であるかのように紹介しているのである。 この「ランキング」が、誰に、どのようにして作成されたものであるのかは知らぬ。 しかし、ろくでもない、取るに足らぬものであることは間違いない。 この病院は確かに有名であり、実際に素晴らしい病院なのかもしれないが、しかし「ランキングで順位が高いから」という理由で「素晴しい病院だ」と判断するのは不適切である。
何より問題なのは、この予告ビラを作成したのが北陸医大の者だという点である。 我が北陸医大は、国立大学医学科の中では入学難易度は比較的低いし、医師国家試験合格率も高くはない。 論文発表数や被引用数も多くなく、要するに、この種のランキングでは、あまり高く評価されない大学である。 ランキングを根拠に大学や病院を評価する者は、つまり「我が大学は大したことがない」と自虐しているに等しい。
あなた方には、誇りというものがないのか。 世間が何と言おうとも我々は優秀なのだ、私こそが明日の医学を背負っていくのだ、という気概を、持っていないのか。
さて、留学についても書いておこう。 どうも一部の医学科生や医師の間には、海外留学というものを必要以上に重視している者がいるように思われる。 あるいは短期留学して遊んできただけなのに、何か重大なことを学んだかのように錯覚している者もいるのではないか。
お茶の水の某国立大学では、短期留学経験者の帰国報告が掲示されているのをみかけた。 しかし、彼らが留学で何を学んだのか、私には理解できなかった。 この種の報告で述べられる内容は、通常、2 つに大別できる。
一つは「世界中から集まった優秀な学生や若手医師と交流することができた」とか「優れた教育者から指導を受けることができた」といった、権威におもねるものである。 諸君は、その学生や指導者が優秀か否かを判断するだけの能力を備えているのか。 単に「有名な大学だから」「偉いと言われているから」「試験の点数が高いから」といった他人任せの根拠で判断しているのではないか。 そもそも我々は、教科書を開き、論文を読むことを通じて、世界中の優秀な頭脳と日々対話しているではないか。 そうした対話で日頃から感動していたならば、たとえば Harvard Medical School を代表する病理学者 Eric S. Rosenberg に会ったとしても 「ほぅ、あれが Rosenberg 教授か」ぐらいには思っても、特段、心を揺さぶられることはあるまい。
もう一つは「プレゼンテーション技術を勉強することができた」「たいへん刺激を受けた」というような空虚な文言である。 プレゼンテーション技術など、本当に鍛える意思があるなら、日本で勉強できる。わざわざ海外留学して学ぶようなことではない。 だいたい諸君は、日本にいる時は「伝われば良いではないか」と、細かな表現へのこだわりや工夫を放棄し、技術を磨くことを怠っていたのに、 留学した途端に「プレゼンテーション能力」などと言いだすのだから、一貫性がないと言わざるを得ない。 なお「刺激を受けた」は論外である。日頃、教科書や論文を読んでも感動しないような感性の乏しい者が、 単に海外に行っただけで一過性に興奮して口にする「刺激」など、信用できない。
もし私が海外留学したなら、報告書には次のように記載するであろう。
「ハーバード大学は世界一であるかのように言われているが、実際には大したことはない。 私程度の学識でも、彼らと互角に論争することができた。北陸医大がハーバードより劣るということはない。」