これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/07/24 譫妄に対する抗精神病薬

患者の身体に針を刺したり、薬を投与したりする侵襲的な医療行為は、形式的には傷害罪などに該当する。 これが刑事的に処罰されないのは、適切な診療行為であれば違法性が阻却されるからである。 法医学的には、医療行為の違法性が阻却されるためには 1) 治療を目的としていること; 2) 標準的な医学・医療の見地から妥当な行為であること; 3) 患者が同意していること、の 3 つの要件が満足されねばならない、と考えられている。

このうち、最も問題になりやすいのが「患者の同意」である。 特に、患者の認知能力が低下しており、同意することが不可能あるいは極めて困難な場合は、問題がややこしい。 このあたりについて法整備が必要である旨を 日本弁護士連合会も主張している

さて、譫妄患者に対して抗精神病薬を使うことの妥当性について考える。 普通「もし譫妄になったら抗精神病薬を使っても構わない」というようなインフォームドコンセントを事前に得ておくことはない。 また、譫妄を来してから同意を得ることは、不可能である。 従って、こうした抗精神病薬の投与は、同意なしに行われているのが現状である。 では、この投薬は、違法ではないのか。

中には、家族等の同意を得てから投薬する例もあるかもしれないが、そもそも法的には、家族には患者の代理として治療に同意する権利はない。 臨床的には、トラブル回避の目的で家族からの「同意」を得ることもあるが、これは法的根拠がないだけでなく、場合によって違法なので気をつけねばならない。 というのも、患者本人の承諾を得ずに家族に対して病状を説明することは、守秘義務違反にあたるからである。

また仮に、入院時点で患者本人による「医師の定めた治療方針に同意します」というような、いわゆる包括的な同意があったとしても、医療行為の違法性を阻却することはできない。 法的な意味でいう「同意」というのは、その治療内容を理解した上での意思表示でなければならないからである。 北陸医大 (仮) の場合、病状や治療方針について説明を受けた患者や家族が「よくわからないので、全部、先生にお任せします」と述べているのをみることがある。 医師側も、その言葉をもって「患者は同意した」と判断している例があるようだが、非常に危険である。

以上のようなことを考えると、譫妄患者に対し、同意を得た上で抗精神病薬を投与することは、事実上、不可能である。 こうした場合、投薬の違法性が阻却されるためには、緊急避難でなければなるまい。 つまり、投薬しないことで患者が受ける身体的その他の損失が、投薬することで生じるの副作用や、 患者の自己決定権の侵害などの精神的苦痛よりも大きい、と判断されなければならない。 これは、その時の患者の状態を直接診察せずに判断できるようなものではない。

以上のことを念頭におけば、看護師に対して、「不穏の際には抗精神病薬を」などと安易に指示しておくことは、非常に危険である。


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