これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/09/24 樹状突起と軸索 (2)

三日前の記事の続きである。

MEDSi 『カンデル神経科学』第 5 版には、次のように記載されている。

樹状突起でのシグナルの伝播は, 当初は純粋に受動的であると考えられていた。 しかしながら, 1950 年代に行われた神経細胞の細胞体からの細胞内記録, および 1970 年代にはじめられた樹状突起からの細胞内記録によって, 樹状突起は活動電位を発生しうることが示された。

しかし、この教科書は参考文献の記載が乏しく、よろしくない。 真の科学者であれば、教科書の記載や先生のおっしゃることを盲信せず、必ず、自らの眼と頭脳で根拠を確認するのが当然だからである。

「樹状突起でのシグナル伝播は純粋に受動的である」というのは、現代の言葉でいえば「樹状突起では電位依存性チャネルを介した脱分極は起こらない」という意味である。 しかし私が確認した限りでは、このような考えを実験事実に基づいて主張した文献は、みあたらない。

樹状突起の興奮性をはっきり確認した最初の報告は C. A. Terzuolo と荒木辰之助である (Ann. N. Y. Acad. Sci 94, 547-548 (1961).)。 荒木らは、微小電極を使いニューロンの細胞体と樹状突起で同時に膜電位を測定することで、 樹状突起は細胞体からの刺激の伝播に依存せず、それ自体が興奮可能であることを示した。 なお、荒木らの時代には細胞膜にイオンチャネルが存在することが知られておらず、現在の我々とは常識が大きく異なるため、当時の文献は、かなり読みにくい。

1976 年には、ハトのプルキンエ細胞の樹状突起に電位依存性カルシウムチャネルが存在することが報告された (Proc. Natl Acad. Sci. 73, 2520-2523 (1976).)。 また 1995 年には、ラットの大脳皮質ニュローンの樹状突起に電位依存性ナトリウムチャネルが存在し、通常活動電位は生じないものの、 電気的シグナルを増強する作用のあることが報告された (J. Neurophysiol. 74, 2220-2224 (1995).)。

こうした樹状突起の興奮性の生理的意義については、21 世紀に入ってからも細々とではあるが精力的に研究が続けられている (J. Neurophysiol. 88, 2755-2764 (2002).)。

三日前に紹介した寺島氏の『神経解剖学講義ノート』や、組織学の教科書の記載は、間違っているわけではないが、単純化し過ぎている。 医学や生物学の深淵なることを、学生に適切に伝えているとは、到底、いえぬ。

そして多くの学生や研修医は、単純化した「わかりやすい」ものにばかり飛びつき、世界の真相を知ろうとしないのである。


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