これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/07/16 無責任

学生の頃、諸君の多くは、生化学、生理学、薬理学、病理学といった基礎医学を、ろくに勉強しなかったであろう。 過去問を「勉強」し、試験に出るポイントを「効率的」に暗記して単位を掠め取る者が、名古屋大学においても北陸医大 (仮) においても、多いようである。 彼らは異口同音に「生化学などは、後で必要が生じたら、その時に勉強しなおせば良い」と弁明する。

しかし、いざ医者になってみると、今度は「生化学はよくわからないから」と弁明して、生化学的な問題からは眼をそらす。 詳しい機序はともかく、添付文書やガイドライン、あるいはマニュアル本に書かれている内容に従って投薬すれば良いだろう、と考えるのである。 何か悪いことが起こっても、添付文書に書かれている通りにやったのだから仕方ない、ガイドラインに従ったのだから私の責任ではない、という具合である。 素人は、まさか医者がそんな無責任なことをするはずはない、と思うかもしれないが、遺憾ながら、これが現実である。 学生時代の「後で必要が生じたら……」という言葉は、その場しのぎの弁明に過ぎず、本当は、生化学など一生勉強する気はなかったのである。

ある治療薬の添付文書に「ランソプラゾールとの併用注意」と記載されていた。 ランソプラゾールというのは、プロトンポンプ阻害薬であって、つまり胃酸の分泌を抑制する薬である。 添付文書によると、ランソプラゾール併用した場合、胃内の pH が高くなり、治療薬が溶けにくくなり、結果として吸収されにくくなる恐れがある、というのである。

以前、この治療薬を投与された症例をみたことがある。 かなり多めの量を投与しているのに、薬剤の血中濃度があまり上がらず、また血中濃度の変動も大きく、担当医は首をかしげていた。 私は、併用されている薬剤の中にヒスタミン H2 受容体拮抗薬であるファモチジンが含まれているのをみて、これのせいではないか、と指摘した。 ヒスタミン H2 受容体拮抗薬というのも、胃酸の分泌を抑制する薬であるが、プロトンポンプ阻害薬よりは臨床的な効果が弱いとされている。 ランソプラゾールが治療薬の吸収を抑制する機序が pH の変化によるものであるならば、ファモチジンも同様に吸収を抑制するはずである。 だから、ファモチジンを減らすか、飲み方を変えることで、この治療薬の血中濃度を上げることができるのではないか、と私は述べたのである。

しかし、私の言葉は、担当医には届かなかった。 プロトンポンプ阻害薬との相互作用は添付文書に記載されているが、H2 阻害薬との相互作用は記載されていないのだから、考慮する必要はない、ということらしい。 もちろん、それは医学的には全く正しくないのだが、研修医が何かを言ったところで、ろくに耳を貸してくれる相手ではない。 私は、なんとか担当医を説得できるだけの材料を探そうとはしたのだが、結局、充分な文献的根拠を示すことができず、引き下がらざるを得なかった。

遺憾ながら、薬理学を全く理解していらっしゃらない。 「なぜか血中濃度が上がらない」などということをカルテに書いている医者は、なぜ、自分が薬理学を不勉強であることを反省しないのか。なぜ、今、勉強しないのか。 「臨床には、わからないことが一杯あるんだよ」などと言う者もいるが、その「わからないこと」のうち半分ぐらいは、あなた方が不勉強なだけである。 それを恥ずかしいと思わないのか。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional