これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/09/21 樹状突起と軸索 (1)

9 月 24 日の記事も参照されたい。

神経細胞には突起があり、「神経突起」と呼ばれる。これは、教科書的には「樹状突起」と「軸索」に区別される。 このあたりは、医学科生はもちろん、高等学校で生物を修めた者にとっては常識であろう。 では諸君は、樹状突起と軸索の定義上の違いを明確に述べられるか。 換言すれば、どこからどこまでが樹状突起で、どこからどこまでが軸索なのか。

高等学校の教科書などは記述が浅薄であるから、「刺激を受ける部分が樹状突起、刺激を送る部分が軸索」とか 「刺激は樹状突起から軸索に向かって伝わる」などと説明しているかもしれぬ。 しかし、中には「軸索 - 軸索シナプス」も存在するし、興奮は双方向性に伝導するのだから、「軸索から樹状突起に向かって伝わる興奮」も存在する。 上述のような説明は、厳密には正しくないのである。

私は名古屋大学 3 年生の頃、神経解剖学を勉強している時に、この疑問を抱いた。 同級生らに問いかけてみると、皆、てんでバラバラ、勝手なことを言うばかりで、キチンとした厳格な認識を持っている者がいない。 そこで手持ちの教科書類を調べてみると、寺島俊雄『神経解剖学講義ノート』(金芳堂; 2011). には明確な記載があった。

樹状突起部における膜電位変化は, 刺激の大きさにより加算されていりうアナログ信号である (樹状突起電位 dendritic potential).

つまり、軸索は興奮するが、樹状突起は興奮しない、というのである。 実は、これと同じ意味の記載が組織学の教科書にも記載されていたのだが、当時の私は、よく理解していなかった。 たとえば伊藤隆『組織学』改訂 19 版 (南山堂; 2005). には

軸索は、神経細胞の胞体の軸索丘から起こる. 軸索丘につづく軸索の起始節 initial segment は ... 軸索丘と同様の構造をもち, 機能的にインパルス inpulse の発生にあずかる.

とあり、また藤田・藤田『標準組織学 総論』第 5 版 (医学書院; 2015). は

初節には電位依存性ナトリウムチャネルが高密度に集まっているため, 活動電位の発火閾値が低く, 活動電位が最初に発生する部位となる。

と述べている。

こうして私は、「樹状突起は、興奮しない」という認識を持つようになったのだが、過日、ふと MEDSi 『カンデル神経科学』第 5 版を読んだ時、驚いた。 224 ページに「樹状突起は電気的に興奮可能な構造であり、活動電位も発生できる」と記載されていたからである。

ここで「興奮」という言葉の定義を確認したい。私は、この語を「活動電位が生じること」という意味で使っていた。 しかし、「カンデル」の上述の記載は、「興奮」を「脱分極」、正確にいえば「電位依存性ナトリウムチャネルを介したナトリウム電流が生じること」という意味で 用いているように思われる。 よく考えてみると、私は、この語を医学部編入予備校 KALS の授業で覚えたのであって、キチンとした成書から学んだわけではない。 そこで手元の教科書を確認してみたのだが、「興奮」という語を明確に定義した記述が、どの書物にも、みあたらない。 興奮性シナプス、だとか、興奮性シイナプス後電位、といった単語はあるが、「興奮」については記載がないのである。 ひょっとすると、これは正式な生物学用語ではないのかもしれぬ。 それならば、いささか冗長ではあるが「活動電位の発生」などと表現するのが正しい、ということになる。 もし、「興奮」という語のキチンとした定義をご存じの方がいたら、教えていただきたい。

(次回に続く)


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