これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/10/31 抗菌薬の濫用 (1)

しばらく間隔があいたが、これからは通常の更新間隔に戻る。

本日で地域医療研修は終了し、大学に帰ってきた。 過疎地の小規模病院で 2 週間、市内の 2 つの診療所で 1 週間ずつ、お世話になった。 やはり私には、そうした臨床の最前線よりも大学の方が合っているように思う。 それでも臨床医療について、この研修で学ぶところは多かった。その内容について、これから何回かに分けて書いていこう。

大学にいると、抗菌薬の濫用について憤慨する場面は多い。 市中の病院や診療所で、不適切な抗菌薬投与を受けた上で紹介されてくる患者が多いのである。 典型的な「悪い治療」の例は、次のようなものである。 咳が続く、と訴える患者に対し、マクロライド系抗菌薬であるクラリスロマイシンを投与してみる。 数日して、治らない、と再びやってくると、今度は抗菌スペクトラムを広げてフルオロキノロン系のレボフロキサシンを投与してみる。 それでも治らない、と訴える患者に対してはガレノキサシン (商品名ジェニナック) を投与してみる。 それでもなお症状が続くなら、大きい病院に紹介する。

遺憾なことであるが、こういう「治療」をする医師を、私は、みた。 悪い人ではない。優しい、患者にも他の医療スタッフにも人気があり、さらには他の診療所のスタッフからの評価も良い人である。 私も、嫌いではない。それでも、その「治療」は、だめなのである。

多くの患者は、上述の「治療」のうち、遅くともジェニナックを投与したあたりで、治る。 ただ、多くの場合、これは抗菌薬が効いたからではなく、自然の治癒能力のおかげである。 中には治らない患者もいるが、それは、大抵、非感染性の疾患である。 いずれの場合についても、不適切な抗菌薬投与で耐性菌を生むリスクを冒している点で重大な問題はあるが、 その眼前の患者自身には、無駄な医療費を払わせていること以外には、さほど大きな害は及んでいない。

一番まずいのは、マクロライドやフルオロキノロンに多少の耐性を持つ細菌による感染症であった場合である。 その典型は、結核である。 感染症学の聖典である Bennett JE et al., Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th Ed. (Elsevier; 2015). によれば、結核菌 Mycobacterium tuberculosis は、フルオロキノロン系抗菌薬に感受性であると考えられている。 ただし、結核をキチンと治療しようと思うなら、数日間の抗菌薬投与では不充分であり、数ヶ月間は治療を継続しなければならない。

もし本当は結核である患者に対し、充分な検査をせずにフルオロキノロンを投与すると、どうなるか。 この抗菌薬の作用により、結核菌は、その数を大きく減らす。が、一週間や二週間の治療では、根治はできない。 その結果、症状は完全には治らない。そこで大学病院に紹介されることになる。 しかし、既に治療が始まって結核菌の数が減少しているので、培養検査などを行っても、結核菌を検出できないかもしれない。 つまり、検査陰性でも、結核を否定できないのである。診断できないのである。 そこで、やむなく、結核かどうかの確証がないままに、数ヶ月に及ぶ抗結核治療を開始する、などの望ましくない結果を生むことになる。

だから、安易に抗菌薬を投与しては、いけないのである。


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