これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
昨日書いたように、抗菌薬が濫用される現場を、私はみた。 それに対し私は、「いかがなものでしょうか」と、言おうとは思ったのだが、機会をつかむことができず、とうとう、言えなかった。 一週間、その医師の診療をみて、その苦悩がわかってしまったからである。 言うべきだ、とは思ったのだが、言えなかったのである。 それについて、知りつつ黙ったことを詰られれば、私は反論できない。
まともに勉強した医師であれば、咳に対して、細菌学的検査なしにマクロライドを投与することが医学的に不適切であることは、よく知っている。 フルオノキノロンなど、もってのほかである、ということも、当然、理解している。 しかし、そこで「抗菌薬を無闇に使うべきではない」と説明すれば、少なからぬ患者は「まともに薬も出してもらえない」と不満を抱く。 また、詳細な細菌学的検索を行った上で投薬すれば「検査ばかりされる」と、やはり不満を抱く。 それに対して、とにかく薬を出して、そして回復したならば、それが薬のおかげかどうかはともかく、満足する患者が多い。 本当は、医学的には著しく不適切で無駄な投薬なのだが、素人からみれば、まるで名医であるかのようにみえるのである。 もちろん、患者の中には物事をよく理解している人、理解できる人もいるのだろうが、少なくとも我が県においては、そうした患者は多くない。
結局、マジメにやると、不評を買うのである。 医学的に不適切であっても、患者の関心を買っておいた方が、経営としては良いのである。 それを、敢えて「医師としての良心」などと本筋を貫くことを要求するのは、酷であろう。
これは、日本の保険制度の問題である。 医学的妥当性を追求するより、患者の関心を買って、より多くの患者を集める医療の方が、儲かるのである。 高度で難しい医学的判断や診療は、たいへんな割に、金にならないのが日本の医療なのである。
こういう保険制度を維持する限り、日本の臨床医療の水準は向上しない。 医学的に適切な診療をする医療機関が高く評価され、そうでない医療機関は診療報酬が安くなるような制度が必要である。