これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/10/12 刺青と医師免許

過日、大阪地方裁判所で、医師免許を持たずに刺青を施した、いわゆる彫り師に医師法違反の有罪判決が出された。 朝日新聞その他の報道をみる限り、これは妥当な判決である。

この訴訟における争点の第一は、刺青が医師法でいう「医業」にあたるかどうか、という点である。 判決は、医業とは「医師が行わなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれがある行為」であるとしており、これまでの法医学の常識と合致している。 これに対し、原告側を擁護する某大学教授は 「(今回の判決のおかしい点は) けがや病気をさせる恐れがある行為は医師免許を取ってなければならないという点です。しかし、そのような行為は世の中にいくらでもある。 理容店はどうでしょうか。料理はどうですか。スポーツは。SM クラブはどうでしょうか。」と言ったらしいが、話にならない。 判決は「『医師が行わなければ』危害を生ずるおそれがある」と言っているのであって、料理やスポーツは、医師が行っても危険なのだから、関係ない。 刺青は、故意に体を傷つける行為なのだから、料理やスポーツとは異なるのである。 ただし SM クラブは際どく、これは、内容によっては傷害罪や暴行罪にあたる恐れがある。ボクシングも、まぁ、際どい。

また、原告は職業選択の自由だとか表現の自由だとを主張したようだが、これも話にならないので、ここでは省略する。

現在の日本の法律では、医療行為である場合を除き、たとえ当人の同意があったとしても、他人の体を故意に傷つける行為は認められていない。 それを「今までやっていたのだから、合法のはずだ」と主張するのは、無理である。 むしろ今まで、医師の診察も監督もなしに施術してきたことが問題なのである。 認められたいなら、裁判をどうこうするのではなく、法制化を訴えなければならない。 医師が直接刺青を行うのは非現実的であるが、医師の処方と監督の下で施術する、というのが合理的な線であろう。 要するに、医師の指示に従って看護師か患者の血管を刺したり、診療放射線技師が患者に放射線を当てたりするのと同じ考えである。

むしろ今回の判決で問題なのは、「では医師免許があれば、刺青を施しても良いのか」という点である。 法医学的には、医行為が合法であるためには 1) 治療を目的とすること; 2) 医学的に妥当であること; 3) 患者の同意があること、の 3 要件が必要とされる。 刺青は、今回の原告側が主張するように、そもそも治療を目的としていない。 その意味では、たとえ医師が行っても、医師法上は問題ないが傷害罪にあたる恐れがある。 この点は美容形成と同じである。

これは刑法第 35 条の「正当な業務による行為は罰しない」という規定との兼ね合いである。 医師が美容外科手術を行ったり、刺青を入れたりする行為が「正当な業務」と言えるかどうか、という点である。

それが仕事だから、というだけの理由では「正当な業務」とはいえない。 たとえば、ある種の団体に属する者が、合意の上で他人の指を切断する行為は合法かどうか、という問題である。 そうした団体における風習として、ある種の状況下では指を切断することは「業務」なのかもしれないが、まぁ、社会通念上、それを「正当な業務」とはいえない。 合法か違法かでいえば、違法とみるべきである。

今回の訴訟において原告側が整然とした法理を述べられなかったことに示されているように、医師の監督下で行われない刺青は、法制度上は、違法と言わざるを得ない。 そして医師の監督下で行ったとしても、それは違法性を棄却するための 3 要件を満足しておらず、日本においては違法とみるべきだと私は思う。 やりたければ、国外でやるべきである。 そこまでは、日本の法律は禁止していない。


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