これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/10/09 教科書を読むこと

教科書を読む、というのは、実は、なかなか容易ならざることである。 これまでアンチョコ本しか読んでこなかった若い医者が、いきなり心機一転して「さぁ、読むぞ」と思ったところで、到底、読めるものではない。

過日、学生と一緒に行っている勉強会で Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease, 9th Ed. の髄芽腫の項を読んだ時のことである。 同書には、次のような記述があった。

This malignant embryonal tumor occurs predominantly in children and exclusively in the cerebellum (by definition).

この悪性胚腫瘍は主に小児にみられ、定義上、小脳においてのみ生じる。

この `exclusively in the cerebellum by definition' という表現を、どう解釈するか。 そう定義されているのだ、そう決められているのだ、などと考えるようでは、医学を修めたことにならない。 そして遺憾なことに、医学を修めた医者は少ないのが現状である。

医学における定義というものは、我々が、我々の便宜のために作ったものに過ぎず、天与のものではなく、普遍的でもない。 それが正しいとは限らず、必要に応じて我々自身が改定していくべきものなのである。 私は名古屋大学時代、そういう教育を受けてきた。 正直にいえば、そういう教育が実施されているか否かという点において、我が北陸医大 (仮) は、現時点では、名古屋大学に及ばないように思われる。

もし、大脳の原発性腫瘍において、髄芽腫と酷似する組織像がみられ、また髄芽腫で典型的にみられるような遺伝子変異がみられたならば、 それを「髄芽腫」と呼んではいけないのだろうか。 これを「定義上、駄目である」と言うようでは、一流の医師とはいえない。 なぜ定義を小脳腫瘍に限定したのか、という理由を考慮していないからである。

これは次のように考えるべきであろう。 我々が髄芽腫と呼んでいるような腫瘍は、我々の知る限りにおいて、小脳以外には発生しない。 すなわち、この種の腫瘍には、小脳でしか生じないような何らかの事情、理屈が存在するはずである。 もし類似の腫瘍が大脳に生じたならば、普通の髄芽腫とは異なる細胞起源、異なる腫瘍化機序が存在するはずであって、それを普通の髄芽腫と同列に扱うべきではない。 注意深く観察すれば、そうした「小脳外髄芽腫様病変」には、普通の髄芽腫と決定的に異なる点が存在するはずなのである。 すなわち、それは髄芽腫とは異なる疾患である。

`Exclusively by definition' という表現には、これだけの意味、これだけの気持ちが込められているのである。 それを読み取ることを「教科書を読む」という。


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