これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
Brugada 症候群の話の続きは、後で書く。
自分が関わった不適切な医療行為について告白するのは、勇気のいることである。 場合によっては損害賠償請求などされる恐れもあるが、事実は事実なのであって、それを隠蔽することは医療倫理の点から問題があるし、何より科学者としての良心に反する。
ある病院で私が関与した事例である。 80 代の女性が、ある全身性疾患のために某病院の内科に入院した。悪性腫瘍ではなく、生命予後は良好な疾患である。 入院後は、しかるべき薬剤を投与されて全身状態は徐々に改善し、2 週間ほどで病勢は落ち着いた。 問題は、その後である。 その女性は、入院してから寛解するまでの 2 週間、ベッド上で安静にしていた。 そして状態が落ち着いたこの時になってから、我々はリハビリテーションを開始したのである。
高齢者が 2 週間も安静臥床していれば、足腰は弱り、立つこともままならなくなるのは当然である。 では、そこからリハビリテーションを行えば再び体力と筋力が回復するかというと、高齢者の場合、そうはいかない。 もう、一生、立てないままである。
その女性は、入院するまでは元気に日常生活を送っており、畑仕事などもしていたそうである。 国道の向こうにみえる山々が綺麗でね、などと私によく話してくれた。 とにかく歩けるようにならないと始まらない、と、しきりに繰り返していた。 私は内心「あなたは、もう二度と独りでは歩けないのですよ」などと思っていたし、本人も薄々は、そのように感じていたであろうが、言葉にはしなかった。
結局、1 ヶ月半の入院を経て彼女は、立つこともできない状態のまま他院に転院していった。 その後のことは知らぬが、あの状態から歩けるほどに回復するとは、到底、思われない。
リハビリテーション医学を修めていない者であれば「しっかりリハビリすれば戻るかもしれない」などと言うかもしれぬ。 しかし、それは「切断した腕も、頑張れば再び生えてくるかもしれない」というのと同じくらい、稀なことである。 長期臥床で衰弱した高齢者は二度と回復しない、というのが現代医学の常識なのである。 だから、それを防ぐために、たとえ全身状態が悪かろうとも、入院初日からリハビリテーションを実施すべきなのである。
私は、一応はリハビリテーション医学も修めたから、そのくらいのことは知っていた。 しかしリハビリテーションを直ちに開始するよう、指導医に進言しなかった。 これは完全に私の過失なのであるが、私は、そういう全身状態不良の患者にリハビリテーションを実施することは技術的に不可能だと思っていたからである。 この年齢で、こうした全身疾患にかかってしまうと、長期臥床は免れ得ず、もはや歩けなくなることは必定である、と思い込んでいたのである。
それが間違いである、ということを知ったのは、今回の地域医療研修に行ってからである。 長くなってきたので、続きは次回にしよう。