これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
京都大学大学院に退学願を提出してから、ちょうど 7 年が経った。早いものである。
4 年前に、顕微鏡の操作法について書いた。 一部の病理医は、顕微鏡で標本を観察する時、ダイヤルを回して顕微鏡のステージを動かすのではなく、 指先でプレパラートを直接、動かすことを好む、という件についてである。 学生時代、私も、その方法を少しばかり練習したのだが、対物 40 倍のレンズ下では、あまり滑らかにプレパラートを動かすことができなかった。 一方、臨床実習で病理部教授の華麗なプレパラートさばきをみて感嘆し、「私も、いずれは、あのようになれるのだろうか。」と書いた。
先月から北陸医大 (仮) の病理部に配属され、私個人用の顕微鏡を貸与された。 そこで、あのプレパラートを直接動かす方法を久しぶりにやってみた。 やはり、できなかった。プレパラートが、滑らかに動かないのである。
なぜ、できないのか。 よくよく考え、試してみたところ、一つの結論にたどりついた。 これは、私の体質の問題なのである。
どうやら私は、指先からの不感蒸泄が、教授よりも少しばかり多いようである。 プレパラートを直接指で触れると、私の指先から発した水蒸気が、冷たいステージの表面で相転移を起こし、液体の水となる。 その結果、ステージ上が僅かに湿る。するとステージとプレパラートが密着し、滑らかに動かなくなるのである。
そこで、綿手袋を装着してプレパラートに触れる、という方法を試してみたが、やはりダメである。 あいかわらず、プレパラートはステージに密着してしまう。
とうとう、私は、諦めた。 これは、私の身体が教授よりも若いために生じている現象なのだから、どうしようもない。 あと 30 年もして、私の指先のエクリン汗腺が萎縮し、分泌活動が抑制されれば、私も華麗にプレパラートを動かせるようになるかもしれないが、今は、無理である。 おとなしく、ダイヤルを回してステージを動かすことにした。