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2018/03/02 攻めの診断

診断に攻めも守りもあるものか、と、諸君は思うかもしれない。 しかし、様々な病理医の病理診断報告書をみていると、やがて、病理医毎に癖があることがわかるだろう。 たとえば、ある病理医は「断言できないので臨床的に判断してください」というような内容を書くことが多い、という具合である。 このように、間違いのないように、慎重な態度に徹する診断が「守りの診断」である。 一方、「こういう可能性がある」ということを積極的に指摘し、結果として間違うことを恐れないのが「攻めの診断」といえよう。

上述のように分類する場合、私は、かなり攻撃的な病理医である。 たとえば、検体に含まれていた少量の平滑筋組織について、よく観察し、思案し、「平滑筋腫疑い」と記載したことがある。 無論、私はまだ研修医に過ぎないから、私の記載は、正式に報告される前に指導医のチェックを受ける。 その際、指導医は「確かに平滑筋腫の可能性はあるが、さすがに、『平滑筋腫疑い』は攻め過ぎであろう」と言い、結局、その部分は削除して報告された。

私は、意図的に「攻め」に偏った姿勢をとっている。 というのも、攻めるためには、標本を隅から隅まで観察し、診断に直結しない所見も余さず捉えなければならぬ。そういう態度が、自分の勉強にならないはずがない。 そうして眼を養い、武器を研くことが、いずれ、臨床病理学の最前線を牽引し、明日の医学を開拓することにつながるのである。

たとえば、神経繊維腫の標本をみたとする。 診断には関係しないような所見も拾おうと、顕微鏡をグッの覗き込み、ジッと組織を眺める。 すると、どうもマスト細胞が多いようだ、ということに気づく。 そこで Goldblum JR et al., Rosai and Ackerman's Surgical Pathology, 11th Ed. (Elsevier; 2018). を開くと 「しばしば多数のマスト細胞が含まれている」と記載されている。 私の観察と Ackerman の所見が合致したわけであって、嬉しくなる。

さらに観察すると、腫瘍の表面は薄い真皮と表皮に覆われている。 つまり、腫瘍は、真皮の少し深い部分から発生し、圧排性に増大したのであろう。 なぜ、そこから発生したのか。偶然なのか。それとも、神経繊維腫というのは常にそういうものなのか。マスト細胞の生理的な分布と関係するのだろうか。 そのあたりは、私が調べた範囲の教科書には記載されていない。 今後の観察課題である。

念のために補足しておくが、「攻めの診断」をする場合、どこまでが確定的な診断で、どこからが不確実な診断なのかを、 報告書を読んだ臨床医が理解できるように書かねばならない。 その点には、充分に注意を払う所存である。


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