これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/02/09 放射能量

私は、放射線物理学の元専門家である。 その立場から申し上げるが、放射線医療の分野で慣用的に用いられることがある用語の中に、どうにも容認しかねる語がある。

「放射能量」が、それである。 どうやら核医学、たとえば FDG-PET などで用いる放射性薬剤について、その「放射能」を意味する語として「放射能量」と表現する者が少なくないらしいのである。 しかし物理学的には「放射能量」などという語は、存在しない。 「放射能」という語の意味は、しばしば「放射線を出す能力」などと説明されるために、素人は理解できず、誤用につながっているのではないか。 むろん、この「放射線を出す能力」という表現は曖昧であり、科学的ではなく、不適切である。

物理学的には、「放射能」という語は、次のように定義される。

ある物体の内部で、単位時間あたりに起こる放射性改変の回数を、その物体の「放射能」と呼ぶ。

「能力」ではないのである。 「単位時間あたりの回数」なのだから、単位は、たとえば「s-1」であって、これは「Bq」と同義である。

一部の者が使う「放射能量」という量の単位をみると、通常「Bq」が使われている。 つまり、これは「放射能」のことなのだと思われる。 一体、なぜ「量」などという余分な文字をつけ加えるのか。理解できない。

ある時、某放射線科医に対し、「この『量』は余計であって、『放射能』とするべきではありませんかね。」と言ってみたことがある。 その放射線科医には、私が言わんとしていることが、よく伝わらなかったようで「まぁ、『放射能量』で良いんじゃないか。」などという返事が返ってきた。

よくよく考えてみると、医学科の課程では、通常、放射線物理学をまともに修めない。 医師になってからも、そういう基礎的な内容を学ぶ機会は、あまりない。 放射線科医になろうという人であっても、診断や治療に直結する内容は学ぶかもしれないが、その基礎たる放射線物理学までキチンと修める人は多くないかもしれぬ。

通常、放射線を取り扱う場合、放射線障害防止法の定めに基づいて、毎年、数時間におよぶ放射線業務従事者に対する教育訓練が行われる。 しかし医師などの場合、なぜか、その教育訓練は省略されているのが現状のようである。理由は知らぬ。 そのため、放射線について全く無知な者が X 線などの放射線を扱っている、という恐るべき状態にある。 非密封線源を扱っている管理区域に出入りする際にも、汚染検査を省略する風潮が、多くの病院であるのではないか。

これらの慣習が、いかなる法規に基づいているのか、私は知らぬ。


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