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2018/02/07 糖原病 I 型による腎傷害 (1)

糖原病 glycogen storage disease というのは、遺伝性の障害によって、異常な量または形態のグリコーゲンが蓄積する疾患の総称である。 むろん、原因となる遺伝子異常は多様であり、それに基づいて型分類されている。 頻度の高いのは I 型であって、これはグルコース 6-リン酸ホスファターゼの機能障害によるものである。 この酵素は、名称から想像される通り、グルコース 6-リン酸を加水分解により脱リン酸化し、グルコースを生成するものである。 この酵素の生理学的意義については、ここで説明する余裕がないので、生化学の教科書を参照されたい。 『シンプル生化学』のような初等的な教科書にも、一通りのことは記載されているはずである。

糖原病 I 型の臨床的な表現型としては、肝や筋だけでなく、腎にもグリコーゲンの蓄積がみられる、ということは 朝倉書店『内科学』第 11 版などの臨床的な参考書にも記載されている。 問題は、なぜ腎にグリコーゲンが蓄積されるのか、ということである。 腎病理学の教科書である Jannette JC et al., Heptinstall's Pathology of the Kidney, 7th Ed. (Wolters Kluwer; 2015). は、 尿細管にグリコーゲンを豊富に含む細胞がみられる、とのみ述べており、機序はおろか、それが尿細管のどの部位なのかすら言及していない。

この記載の根拠として Heptinstall が引用しているのは Pediatr. Nephrol. 19, 676-678 (2004). である。 これは糖原病 I 型の症例報告であって、尿細管上皮は、グリコーゲンを多量に含んでいることの他、 TGF-β を高発現しており、これが間質の繊維化、ひいては腎障害につながっているのではないか、と述べている。 これについて、著者らは次のように述べている。三箇所の下線は私が付したものであり、その意味は後述する。

Futile cycles within glycolysis, glycogen synthesis, and glycogenolysis occur, depleting high-energy phosphate. Many of the intracellular processes of the renal tubules are adenosine trinucleotide phosphate dependent and are consequently impaired.

(糖原病 I 型では) 解糖系、グリコーゲン合成、グリコーゲン分解のサイクルに異常が生じ、ATP が欠乏する。 腎尿細管の細胞内で起こる現象の多くは ATP 依存的であるから、結果として腎尿細管障害が起こる。

生化学や生理学を理解している人であれば、首をかしげるであろう。 糖原病 I 型で障害を来しているのはグルコース 6-リン酸ホスファターゼであるから、グリコーゲンの分解は問題なく行えるはずである。 従って、少なくともグリコーゲンの蓄積を来している尿細管上皮細胞の中には、グルコースはむしろ過剰に存在するはずであり、ATP が欠乏するとは考えにくい。 尿細管傷害を ATP 欠乏によるものとして説明するのは無理がある。 著者らは、一体、どうして、このような記述を行ったのか。

その理由は、この記載の根拠として著者らが挙げた参考文献である Pediatr. Nephrol. 9, 705-710 (1995). を読むと、わかる。 これは、糖原病 I 型においてみられる腎障害の様式を臨床的に調べた報告であり、著者の P. J. Lee らは、次のように述べている。

Futile cycles within glycolysis, glycogen synthesis and glycogenolysis occur depleting high-energy phosphate. Many of the intracellular processes of the renal tubule are adenosine trinucleotide phosphate dependent and consequently impaired.

おわかりか。先に紹介した Pediatr. Nephrol. の記載は、Lee らの記述に「,」と「are」を加えただけで、丸々コピーしたものなのである。 いくら参考文献として Lee らの報告を挙げているとはいえ、こういうやり方は、科学倫理に反するものではないか。 しかも、自分の観察結果とは矛盾する内容を丸コピーしたのだから、理解できない。 なお、この Pediatr. Nephrol. の報告は日本の某地方大学の小児科学教室によるものである。

結局、尿細管上皮の障害は、ATP 欠乏によるものではなく、むしろ細胞内に異常に多量のグリコーゲンが蓄積したことによると考えるのが自然であろう。


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