これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/01/21 労働基準法

医者という人種が、いかに遵法意識に乏しく、自分達が特別だと思っているか、という話である。

近年、ようやく日本でも、医師の不法な過重労働が問題視されるようになってきた。 1 月 18 日にも朝日新聞が、この問題を報道している。 なお、朝日新聞は政治的偏向が強く、あまり信用できないのだが、新聞各社の中では新時代の報道のあり方を模索する姿勢が明確であり、私は嫌いではない。

朝日の記事でも紹介されているが、医者の中には「医師が労働者だというのは違和感がある」というような意見が少なくない。 ここでいう「医師」とは、むろん、開業医ではなく、勤務医のことである。 開業医は労働者ではなく経営者なのだから、好きなだけ、自分の裁量で時間外労働すれば良い。誰も、とがめない。

勤務医が労働者ではない、などという発想は、一体、どこから出てくるのか。 労働基準法を読んだことがないのであろう。 社会人として非常識である。

「患者が待っているのだから」というのも、関係ない。 我々は、あくまで病院職員として、病院の業務として、労働として、診療しているのである。 業務として行う以上、労働基準法の範囲内で行われなければならない。 個人の自由の範疇ではない。

もちろん、単なる一人の医師として、病院組織とは無関係に「待っている患者」のために診療するのは自由である。 ただし、それなら医療法の定めに従って開業しなければならない。 開業医として、病院と業務委託の契約をして、診療しなければならない。

医者の中には、法令よりも個人の価値観や主観の方が優先されると勘違いしている者が少なくないが、そんなことはない。 諸君がある種の正義感、義務感を抱いたとしても、それよりも日本国の法令が優先される。 それが日本社会のルールであることは小学生でも知っているが、ただ医者だけは、それを知らないようである。

こういうことを書くと、イライラした臨床医諸君は、「現実に存在する患者を、どうしろと言うのだ」と言うであろう。

一介の医師の立場で書けば、知ったことではない、の一言に尽きる。 正規の業務時間内に診療しきれないのだから、受診をお断わりするしかない。 それが問題だというなら、何か合法的な方策を考えるのが病院長の責任なのであって、現場の医師には何の責任もない。 間違っても、個々の医師の過重労働で補ってはならぬ。

朝日新聞の記事でも誤解に基づく記載がなされているが、医師の応召義務は、この場合は関係ない。 応召義務というのは、医師法第 19 条が定めているものであり、具体的には次のようなものである。

診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

すなわち、正当な事由がある場合には、応召義務は生じない。 問題は、何が「正当な事由」にあたるか、ということである。 インターネット上には無責任な言論が多いが、厚生労働省は、平たくいえば「社会通念に照らして判断すべし」との見解を示している。 こちらのページから「いわゆる医師の応召義務に関する規定等」の PDF を確認されたい。

緊急を要する患者がいれば、病院云々とは関係なしに、一人の医師として対応するのは当然である。 しかし、病院が正当な報酬を払っていない状況において、不法な過重労働をしてまで病院の勤務医として労働することを応召義務が求めているとは、社会通念上、考えられない。

そういう意味では、応召義務というのは、医師個人というよりも、本来、医療機関に課されているものなのである。 つまり、時間外労働のことでいえば、応召義務を満足するために病院は時間外手当をキチンと払って医師を確保しなければならない。 応召義務があるから個々の医師が頑張らなければならない、ということには、ならないのである。


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