これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/01/04 「フラジャイル」

私は、病理漫画「フラジャイル」を読むために、月刊アフタヌーン誌の電子版を購読している。むろん、「フラジャイル」の単行本も買っている。 以下、いわゆるネタバレを含む。

先月のアフタヌーン誌に掲載されたのは、病理医が誤診する話である。 「あからさまな悪性黒色腫」を母斑細胞性母斑と誤診した、という事例なので弁明の余地はないのだが、たいへん良かったのは、その病理医 (伍代) と岸とのやりとりである。 「人間のやることに絶対なんてない」と逃げる伍代に対し、 岸は次のように述べる。

「そりゃ あんたが病理診断をただの絵合わせゲームだと思ってるからです」
「見た目だけじゃ白黒つけられない診断なんていくらでもある だから病理医は言うんです」
「『なぜ そう思った』『これでは わからない』『確かめよう』『証拠を探そう』」
「臨床医と怒鳴りあいもする」
「そして最後に必ず病理医も臨床医も納得する診断に たどり着く」
「これが 10 割の診断です」

コンピューター技術の発展により、「絵合わせゲーム」においては人間が機械に負ける時代が、すぐそこまで迫って来ている。 形態学的診断に特化した病理医は、やがてコンピューターに駆逐され、職を失うであろう。 それが患者の利益であり、社会のためになるのだから、我々病理医は、そうした時代の流れに抵抗するべきではない。

ただし、そうしたコンピューターはパターン認識に基づいて「絵合わせ」をしているだけであって、何かを考えているわけではない。 知性的な活動は行っていないのだから、「人工知能」と呼ぶのは不適切であろう。 この意味において、本当に知能を有するコンピューター技術は、いまのところ存在しない。

すなわち我々は、未だコンピューターの及ばない、本当に知性的な、頭脳と知能を駆使した診断を行うべきである。 病態を理解するために病理組織学を勉強し研究する必要はあるが、 実際の診断における「絵合わせ」の部分は、将来的には、コンピューターと、それを扱う技師に任せるべきである。

組織診をコンピューターに任せるなら、病理医などいなくても、臨床医と技師だけで十分ではないか、と考える者も、いるかもしれない。 が、少なくとも現状において、それは不可能である。 今月 1 日の記事にも書いたように、本当に医学を修め、理解し、冷静に考えられる臨床医は稀だからである。

なお、内科や外科の領域においても、上述の議論と同じようなことがいえよう。 近い将来、多くの臨床医が、診断能力においてコンピューターに敗北する時代が来る。 典型的症例については、看護師と技師がコンピューターの指示に従って診療した方が、医師よりも優れた治療成績を挙げられるようになるだろう。 手術にしても、手技だけなら、コンピューターガイド下に技師が行う時代が来るであろう。 実際、少なからぬ外科医は手術手技以外の部分を重視し「切るだけの外科医など、いらなくなる」という旨の発言をしている。

コンピューターが間違えたら誰が責任を取るのか、などと抵抗する者もいるが、くだらない。 機器の製造ミスならメーカーの責任、管理ミスなら技師の責任、オーダーミスなら医師の責任で、誰のミスでもないなら、誰の責任でもない。 そんなのは、血液検査などを人間ではなく自動測定器で行うようになった時、既に議論が尽くされており、今さら蒸し返すようなものではない。 そもそも、医師が間違えた場合には誰も責任を問われずにウヤムヤになるのが現状なのだから、むしろ、機械化した方が責任が明確になって、よろしい。


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