これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
あまり他院の悪口は書きたくないが、医師としての自覚と責任を欠き、事故の責任の一部を看護師に転嫁するかのような表現に対しては、攻撃せざるを得ない。
朝日新聞や 読売新聞の報道によると、 某病院で、誤って血液型不適合輸血を行った後に患者が死亡した、という事故があったらしい。 ただし、病院や経営母体のウェブサイトには、私が探した限りでは、なぜか公式のプレスリリースがみあたらない。
朝日によると、患者は大動脈解離に伴う心停止の状態で救急搬送され、数日後に死亡したという。一度は心拍が再開したのであろう。 その際、患者の血液型は B 型であるのに、看護師が誤って A 型の血液製剤を医師に渡し、280 mL が輸血されたという。 これに対する病院の見解として、朝日は「同課は『異なる血液型の血を投与した際の副作用は出ておらず、死亡との因果関係はない』と説明している。」と記載しており、 読売は「異なる型の輸血が原因で赤血球が壊れる副作用はみられず、同病院は『ミスと死亡との因果関係はない』としている。」としている。
朝日の書き方は曖昧であるが、読売の表現を信じるならば、病院は「著明な溶血は起こらなかった」と主張していることになる。 ただし、心停止し、輸血も行っているような状況において、溶血が起こっていないことをどのようにして確認したのかは、よくわからない。
問題は、この事故についての病院側の見解である。朝日は「同課は『看護師の確認不足。再発防止を徹底する』と説明している。」と記載しているのに対し、 読売では「別の患者に使う輸血パックと取り違えたことに、看護師や麻酔科医が気づかなかったという。 同病院の植嶋敏郎事務部長は『再発防止のため血液型の照合を徹底する』と話した。」という表現になっており、食い違っている。 すなわち、朝日の記事を信じると、病院は「看護師が悪い」と言っていることになるが、読売の表現では「看護師と麻酔科医の両方が悪い」ということになる。 病院のプレスリリースがないので、実際のところ、どういう見解なのかは、よくわからない。
いずれにせよ、報道された通りなら、この病院の見解は、おかしい。この事故について、看護師に責任はない。
もし通常の病棟業務であれば、医師の指示に従って看護師が血液製剤を確認し、看護師が輸血を実施することはある。 その場合、複数人の看護師で血液型などが合っていることを確認し、電子カルテ端末などでコンピューター認証を行うのが普通である。 そうした本来の手順を遵守する限り、過誤によって ABO 式血液型の不適合輸血が行われることは、あり得ない。 少なくともコンピューター認証の段階で、エラーとなるからである。 それなのに、本来の手順を無視した結果として誤った輸血が行われたならば、むろん、看護師の責任である。 しかし本件は、そういう状況ではない。
手術室の中であれば、普通、輸液や輸血は麻酔科医が管理するのであって、「医師の指示に従って看護師が輸血する」という状況は考えにくい。 読売の報道から考えると、急いだ看護師が誤って違う血液製剤を持って来たのに、麻酔科医はキチンと確認せず、本来の手順も省略して輸血開始し、 しかも製剤を全て投与し終わるまで気づかなかった、ということになる。
看護師の職務は診療の補助であって、緊急避難にあたるような場合を除いては、薬剤の投与などを判断する権限はない。 権限がないのだから、責任もないのは当然である。 この場合であれば、「誤った製剤を持ってきた」という点において、看護師にも過失はあった。 しかし、時には看護師が間違えることもある、という前提で病院のシステムは動いているのであり、 それゆえに、面倒でも認証の手順をふんでから輸血することになっている。 それにもかかわらず正規の手順を省略したのも、血液型の確認を怠ったのも、最終的に投与することを決定したのも、全て、医師である。 誤投与については、あくまで医師の責任なのである。
それなのに「看護師の確認不足」だの「看護師や麻酔科医が気づかなかった」だのと、看護師にも責任があるかのように表現するのは言語道断である。