これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/01/01 診断しない医者

年が明けた。

臨床医療の基本は、患者の話を聴いて、診察して、検査して、診断し、それに基づいて治療を行い、患者の健康状態を改善することである。 厳密なことをいえば、予防医療の場合はだいぶ異なるし、本当は「治す医療」より「予防する医療」の方が重要である。 しかし予防医療は公衆衛生の色彩が強いように思うから、ここでは便宜上、「臨床医療」に含めないことにする。

大抵の学生や非専門家であれば、上述の内容に異論はなかろう。 ところが、中途半端に臨床をかじった学生や研修医、あるいは一部の医者などは、これを忘れてしまっているらしい。 患者の話は聴くし、診察も検査も行うが、なぜか診断せずに、治療を行うのである。 正確にいえば、極めて曖昧で漠然とした診断しか行わずに、なんとなく治療するのである。

たとえば血液検査でヘモグロビン濃度の低下をみれば、ほとんど全ての医者は貧血を疑うだろう。 普通の医学を修めた医師ならば、貧血の原因は何か、と考え、患者の病歴や検査所見から論理を組み立て、原因を特定する。 そして可能なら原因を取り除くし、それが不可能なら対処方法を患者と一緒に考え、実施する。

ところが実際の医療現場では、そのような手順が踏まれることは、むしろ少ないのではないか。 少なからぬ医者は、まず輸血が必要かどうかを考える。 次に、特に患者が若い女性であれば、まぁ鉄欠乏性貧血であろう、と決めつけ、ろくに検査もしないまま鉄の投与を行う医者は稀ではない。 もし消化管出血があるなら、そのせいだろう、と決めつけ、それ以外の原因が併存する可能性を考えない医者も少なくない。 検査結果に多少の不自然なところがあっても、気にしない。「まぁ、そういうこともあるだろう」と、強引に納得するのである。

その結果「出血による貧血のために MCV の著明な低下を来した患者」というような、現代の医学では理解不能な病態がカルテに記載されることになる。 おかしいではないか、なぜ MCV が小さいのか、などと指摘されても 「そういうこともある」「教科書通りにはならない」「患者の状態が悪くなったら、その時に考えれば良い」などと述べ、考えることを放棄する者は少なくない。 これは、学生や研修医だけでみられる現象ではない。 さすがに大学病院では比較的少ないのであろうが、全国的には、そういう不合理な診断が横行しているのが日本の医療の現状であろう。

確かに、生命は神秘的なものであって、人体においては、時に、現在の科学では説明できない現象が起こる。 しかし、それ以上に、あなた方の思い込み、勘違いによる誤診は、高頻度に起こっているのではないか。 「現代医学では説明できない検査値の異常」などというものは、あなた方が思っているほどの頻度では出現しないのである。

医者は、誤診しても痛くも痒くもない。苦しむのは患者であって、自分ではない。 そして、誤診を他人から指摘されることも滅多にないから、社会的立場が悪くなったり、プライドが傷つくことも、まずない。 検査結果の不自然な箇所について患者から説明を求められても、「そういうこともある」で押し切れば、素人である患者は、それ以上、何もいえない。 そういう杜撰で非道徳な診療を行う医者は極めて多く、しかも、それを改めようという気運もみられない。 こうした医療の現実を改めるには、まず医学教育から改善しなければならず、一朝一夕には成らぬ。 今、現に苦しんでいる患者の皆様には申し訳ないが、あと 20 年ないし 30 年の時を、いただきたい。

自分が誤診や見落しをしているのではないか、と常に恐れている医者は、名医の資質がある。


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