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トロンボポエチンというのは、血小板の産生を促すホルモンである。 具体的には、巨核球あるいはその前駆細胞に作用し、血小板の放出を亢進させる。 私は、トロンボポエチンは肝臓で産生されると思っていたし、それは大きく間違ってはいないのだが、あまり正確ではないらしい。 血液学の学生向けの教科書である Aster JC et al., Pathophysiology of Blood Disorders, 2nd Ed. (McGraw Hill; 2017). によれば、 トロンボポエチンは肝の実質細胞や内皮細胞の他、骨髄間質細胞でも産生されるらしい。 さらに血液学の名著である Kaushansky K et al., Williams Hematology, 9th Ed. (McGrawHill; 2016). によれば、少量ではあるものの腎や筋でも産生されるという。
上述の Pathophysiology の教科書によれば、トロンボポエチンは構成的に産生されている、つまり生理的には産生量は変動しない。 一方で血小板はトロンボポエチンを分解するらしい。 結果として、血小板が多いときには血漿中のトロンボポエチンは少なくなり、逆に血小板が少ないときにはトロンボポエチンが多くなる。 この負のフィードバックのために、血小板数は概ね一定に保たれるのである。
臨床的にも、何らかの事情で急性に血小板数が減少すると、数日してから、今度は血小板数が基準範囲よりも多くなる、という現象がみられる。 これは一過性のものであって、さらに数日すれば、勝手に正常な範囲に戻る。 上述の血小板とトロンボポエチンの関係を考えれば、血小板数がこのように変動するのは自然なことである。
また、脾臓が腫大している患者において血小板数の減少がみられるのも、このためである。 つまり、脾臓は血液が豊富であるが、それ以上に血小板数が多い。 循環血に比べて血小板濃度が高い、と言い換えても良い。 従って、脾臓が腫大していると、より効率的にトロンボポエチンの分解が行われることになり、結果として血小板の産生が抑制されるのである。 いわゆる脾機能亢進症による血小板数減少である。 なお、もし循環血中と脾臓中で血小板濃度が同じであるならば、脾臓が腫大してもトロンボポエチンの分解は亢進しないことに注意を要する。簡単な算術である。
問題は、ここからである。 学生時代であったか研修医になってからか覚えていないが、私は、巨核球もトロンボポエチンを減らす作用がある、と聞いた。 当時は、まぁ、そうかもしれぬ、ぐらいに思ったものの、それ以上は深く考えなかった。 なお、私は学生時代には上述の Pathophysiology の教科書で勉強したのだが、この教科書は、この点について曖昧な書き方をしていた。
過日、機会があって、この問題について少しだけ調べてみた。本当に、巨核球はトロンボポエチンを減らすのだろうか。
Williams の教科書は、この点について明記はしていないが、 巨核球減少を伴う血小板減少症の患者においてはトロンボポエチンは増加しているようだ、と記載している。 また Marder VJ et al., Hemostasis and Thrombosis, 6th Ed. (Wolters Kluwer; 2013). は、 自己免疫性血小板減少症 (Immune ThrombocytoPenia; ITP) の患者においては、血小板数が少ない割にトロンボポエチンが比較的少ない理由について、 骨髄中で巨核球が増加しているためではないか、と述べている。
これらの観察事実からすると、巨核球も血小板と同様にトロンボポエチンを減らす、と推定するのが自然である。 ただし、あまりキチンと調べた人はいないようなので、どこかに陥穽があるかもしれぬ。