これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/12/17 米国への留学を希望する

過日、北陸医大 (仮) で、米国への臨床医としての留学を考えている学生や研修医などを対象とした講演会が行われた。 私は米国留学は全く考えていないのだが、宣伝チラシの文面から、臨床医として留学することの意義などについて面白い話が聴けるものと期待して参加した。 しかし実際には、「米国でレジデントになりたい」と考えている学生などを対象に、 手続や試験などについて経験者が語るだけの内容であったので、私としては、全く面白くなかった。

そもそも「米国に留学したい」という発想が、理解できない。 「The Massachusetts General Hospital に留学したい」「The Johns Hopkins Hospital で勉強したい」というような、具体的な病院を限定しているなら、わかる。 たとえば、マサチューセッツの病理診断の有名人である Rosenberg の近くで仕事をしたい、というような、特別な事情があるからだと想像がつくからである。 そういう「事情」というのは、ミーハーではあるかもしれないが、理解はできる。 しかし、件の講演会で対象としたのは「特定の病院というわけではなく、100 や 200 の候補のうちから、とにかくどこでもいいから、米国の病院で働きたいのだ」 というような意味での「米国に留学したい」学生である。 なぜ、米国に行きたいのか。

一つには、「米国の方が医学が進んでいる」という思い込みがあるのだろう。 「進んでいる」の意味もわからないし、何を根拠にそう思っているのか知らぬが、そういう偏見は、世の中にあるだろう。 もちろん、入院期間の短縮をはじめとして、米国の臨床医療には日本よりも優れた点が少なくはないが、それは、はたして米国への留学を希望する理由になるのだろうか。

広く世界を知る、異文化に触れる、というのは重要である。 しかし、それならば、日本の中にあっても広く周囲をみわたすべきである。 医学科の学生に、物理や化学、数学、あるいは人文科学に興味を持っている者が、どれだけいるのか。 自分の専門分野のことにしか関心を示さず、狭い医療と医師の世界に引き籠もっているような連中が「広く世界に」などとは、笑止である。

留学経験者の講演を何度か聴いたことがあるが、一度として、感心し感動したことはない。 むしろ、エラい先生について勉強しました、というような、くだらない報告は何度も聴いた。 言うまでもなく、エラい先生の下についたからといって、自分が立派で優秀な医者になるということはない。 どちらかといえば、虎の威を仮る狐になる者が多いのではないか。

要するに、彼らのいう「留学したい理由」は、全部、後付けなのである。 本当の理由は「なんとなく、留学すれば成長できるような気がするから」というようなものであろう。

現在の日本の医学教育が、医学部教育だけでなく、卒後教育も含めて、極めて低質であることは間違いない。 しかし、そこで「レベルの高い場所」を求めて漠然と米国を目指す学生が、本当に高い志の持ち主であるとは思わない。 自ら学び、修めるのが大学である。 大学の教員は、学生に知識や技を授けるのではなく、共に学び、先輩として少しの助言を与えることが仕事なのである。 少なくとも 15 年前の京都大学工学部には、そういう空気があった。これは旧制第三高等学校時代から受け継いだ伝統であり、たぶん、現在でも保たれているであろう。 そういう意識を持った学生であれば存分に学ぶことができるぐらいには、日本の医学教育システムの質は保たれている。

本当に何か目指すものがあって、心の底から納得できる理由があって留学するならば、良い。 しかし、そもそも諸君は、現在、しかるべき学問を修めているのか。 安易な試験対策に奔走し、医学と向き合わず、ただ「米国留学」の豪華な経歴で身を飾ろうとしているのではないか。

とはいえ、私は、外科志望の女子学生に対し、海外に出るのもよろしかろう、と勧めたことがある。 現在の日本の医師連中、特に外科医の中には、不条理な性差別を行っている者が少なくないからである。セクハラも多い。 そんな、くだらない連中に混ざって苦労するよりも、米国なり欧州なりに行った方が良いのではないかと思う。 この場合は、「とにかく欧州に行きたい」と考えるのも、充分に合理的な発想である。

私は、スウェーデンの連中と一緒に仕事をしたい、インドで仕事をしたい、とは思う。 スウェーデン人科学者の仕事には敬意を抱いているし、インドの国家のあり方を尊敬しているからである。 しかし、それは私が一人の病理学者として認められるようになってからの話である。 勉強するために留学したい、とは思わない。


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