これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/12/15 葉酸欠乏症と神経障害 (2)

メチル基転移反応について考える。 ヒトの場合、蛋白質などをメチル化する反応は、基本的にはメチル基転移反応によって行われる。 入村達郎他訳『ストライヤー生化学』第 7 版 (東京化学同人; 2015) によれば、メチル基供与体としては テトラヒドロ葉酸が使われることもあるが、多くの場合は S-アデノシルメチオニンが用いられる。 このあたりの代謝経路については Podolsky DK et al., Yamada's Textbook of Gastroenterology, 6th Ed. (Wiley Blackwell; 2016). の 558 ページの図が、たいへんよろしい。

テトラヒドロ葉酸は、5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸となった後、dUMP をメチル化して dTMP とする反応においてメチル基供与体として使われる。 葉酸欠乏症において DNA 合成障害を来し巨赤芽球性貧血を呈するのは、このためである。 この 5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸の一部は、還元されて 5-メチルテトラヒドロ葉酸となる。 この 5-メチルテトラヒドロ葉酸は、ビタミン B12 を補酵素とするメチオニンシンターゼの作用によりテトラヒドロ葉酸に戻る。 血液学の名著である Kaushansky K et al., Williams Hematology, 9th Ed. (McGrawHill; 2016). によれば、 ビタミン B12 欠乏症において巨赤芽球性貧血が生じるのは、このメチオニンシンターゼの作用不全のためにテトラヒドロ葉酸が不足するからである。

さて、メチオニンシンターゼは、ホモシステインをメチル化してメチオニンを生成する酵素である。 メチオニンは、アデノシル化されて S-アデノシルメチオニンとなって様々なメチル基転移反応に用いられることは既に述べた。 そうしたメチル基転移反応の結果として S-アデノシルホモシステインが生じ、脱アデノシル化されてホモシステインとなる。 ビタミン B12 欠乏症においては、このホモシステインが適切にメチル化されず、メチオニンが再生されない。 他にもビタミン B12 は、メチルマロニル CoA からサクシニル CoA を生成する反応の補酵素でもあるらしいが、そちらの詳細は、よくわからない。

Love S et al., Greenfield's Neuropathology, 9th Ed. (CRC; 2015). によれば、 このビタミン B12 依存的な 2 つの反応は、細胞膜や髄鞘の形成に必須であるらしい。 そのため、ビタミン B12 欠乏症においては、脊髄後索や側索を主体とする脱髄病変、 subacute combined degeneration を来すと考えられている。

では、もし仮に、葉酸欠乏が脱髄その他の神経障害を来すとすれば、どのような機序が考えられるか。

葉酸が欠乏すれば、ビタミン B12 依存的なメチオニン生成反応が抑制されるであろう。 その意味では、葉酸欠乏症においてもビタミン B12 欠乏症と同様の神経障害を来しても、おかしくはない。 しかし通常は、そうはならない。 食事から充分なメチオニンが摂取されていれば、ある程度ホモシステインが蓄積した段階で、ビタミン B12 の多少の作用不足があっても、 必要量のメチオニンは再生されるであろう。 この場合の反応速度は、5-メチルテトラヒドロ葉酸の濃度とホモシステイン濃度の積に概ね比例するからである。 一方でビタミン B12 欠乏症の場合、酵素活性が低下しているのだから、基質を増やしても反応速度の向上は乏しい。 従って、メチオニンを摂取していても神経障害を生じるのである。

以上の議論から、葉酸欠乏そのものは神経障害を来さないと考えられる。 しかし、葉酸欠乏症にメチオニン摂取不良を合併すると、ビタミン B12 欠乏症と同様の神経障害を来す恐れがある。


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