これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
週刊 The New England Journal of Medicine の 11 月 16 日号の Case Records of the Massachusetts General Hospital を読んでいた時に「おや」と思った。 葉酸欠乏症でミエロパチーやポリニューロパチーが生じることがある、と記載されていたのである。 私は学生時代に「ビタミン B12 欠乏症では神経障害が生じることがあるが、葉酸欠乏症では神経障害は生じない」と教わっていたからである。 念のため学生時代に使っていた教科書の最新版である Aster JC et al., Pathophysiology of Blood Disorders, 2nd Ed. (McGrawHill; 2017). をみると、確かに
patients with folate deficiency rarely, if ever, develop neurologic manifestations.
と、ある。
他の教科書は、どうか。 血液学の名著である Kaushansky K et al., Williams Hematology, 9th Ed. (McGrawHill; 2016). も「葉酸欠乏症では神経学的徴候を呈さない」としている。 ところが朝倉書店『内科学』第 11 版では、葉酸欠乏症の臨床症状として「神経障害」を挙げている。 一方、米国の内科学の名著である Kasper DL et al., Harrison's Principles of Internal Medicine, 19th Ed. (McGrawHill; 2015). は、 葉酸欠乏が神経障害を生じるかどうかについて「よくわからない」としている。 なぜ、このように意見が分かれているのか。
この問題については、神経病理学の名著 Love S et al., Greenfield's Neuropathology, 9th Ed. (CRC; 2015). が最も正確に、次のように記述している。
The role of folate deficiency in CNS disease in the adult is controversial. Low serum folate levels are relatively common, especially in the elderly, alcoholics and those with gastroenterological disease. A wide variety of symptoms ... have been attributed to folate deficiency with little consensus. Nevertheless, Parry did describe 20 patients with neurological abnormalities in which folate deficiency was demonstrated in the absence of B12 deficiency and in which symptoms improved with folate supplementation.
葉酸欠乏が成人の中枢神経系に与える影響については、議論がある。 血清葉酸レベルの低値は、特に高齢者やアルコール依存症、あるいは消化管疾患の患者においては、比較的、頻度が高い。 様々な神経学的症状について、葉酸欠乏症との関連が指摘されてきたが、広く認められてはいない。 一方、Parry は、葉酸欠乏があり、ビタミン B12 欠乏はなく、神経学的症状を呈する患者に対し、葉酸を投与することで症状が改善した症例について レビューし、20 例が該当することを指摘した。
この Parry の報告というのは Presse Medicale 23, 131-137 (1994). のことである。 しかし、この Parry のレビューは、症例報告をまとめただけのものであって、コホート研究ですらなく、 葉酸欠乏により神経障害を来すと考える根拠としては脆弱に過ぎる。 とはいえ、もし、葉酸補充により神経症状が改善したというのが事実であるならば、両者には何らかの関係があると考えるべきであろう。
次回、葉酸と神経障害の関係について、理論的側面を検討する。