これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/03/14 器質化肺炎

器質化肺炎、という語は、医学的に誤用される頻度の高い言葉の一つである。 本来、器質化肺炎 organizing pneumonia とは、間質性肺炎の一型を指す形態学的名称である。 すなわち、肺胞構造は基本的に保たれているが、気腔に粘液様間質を背景とする繊維芽細胞の plug がみられるような変化をいう。 特に、こうした変化が、 不明な原因によって生じた場合は cryptogenic organizing pneumonia (COP) と呼ばれ、いわゆる特発性間質性肺炎の一型として扱われる。 いうまでもないことであるが、何の原因もなしに間質性肺炎が生じることはあり得ないのだから、「特発性間質性肺炎」という語はおかしいし、 むろん、cryptogenic organizing pneumonia というのも疾患名ではなく、苦し紛れの診断名に過ぎない。

このように、器質化肺炎というのは、ある種の形態学的変化の名称であって、疾患名ではないことに注意を要する。 また、器質化肺炎の特徴は、病変の主座が気腔にあり、間質は概ね保たれている、という点にある。 従って、たとえば間質に著明な繊維化がみられ、そこに気腔の器質化が加わっているような病態は、器質化肺炎とは呼ばない。

器質化肺炎について印象深いのは、私が学生、確か 5 年生の頃であったと思うのだが、名大医学科の「学生 CPC」でのことである。 これは、6 人程度の学生が一班となり、一つの解剖症例について CPC 形式で発表する、という実習である。 ある時の学生 CPC で、発表者は肺の所見として「器質化肺炎がある」と述べた。 しかし私は、示された肺の組織像をみても、どこが器質化肺炎なのか即座に判断しかねたため、「どのあたりが器質化肺炎なのでしょうか」と質問した。 実を言うと、当時の私は「器質化肺炎」という概念を正確には把握していなかったのだが、発表者が回答に詰まったのをみて 「器質化肺炎という語は、間質性肺炎の形態的分類の一つを表すものである。つまり、本症例の場合、間質性肺炎があったという理解でよろしいか。」 と追撃した。 ここで、発表班の指導にあたった医師が介入した。 「ここでいう器質化肺炎とは、肺に器質化が認められた、という程度の意味であって、間質性肺炎の分類としての器質化肺炎の意味ではない。」というのである。

恐るべきことに、医学書院『医学大辞典』では「器質化肺炎」を「遷延性肺炎」と同義であるとし、 「治療により発熱, 白血球増多, CRP は改善したものの, 肺炎陰影の吸収が遷延する肺炎を呼ぶ。」としている。 要するに、彼らのいう「器質化肺炎」とは「肺炎が遷延している」というだけの意味であって、病名でも何でもないのである。 なお、医学書院は実は医学的にキチンとした書物をほとんど出版しておらず、 むしろ学生向けの低俗な参考書を得意としているので、注意しなければならぬ。

私の知る限り、キチンとした医学書が、医学書院のいうような意味で「器質化肺炎」という語を用いている例は、存在しない。


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